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1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/09/27(土) 13:18:57.81 ID:IiF8FQra0.net
ぼくは薩摩説!
薩摩藩陰謀説
西郷隆盛、大久保利通らを中心とする薩摩藩内の武力倒幕派による陰謀だとする説。
松平春嶽や勝海舟から影響を受けた龍馬は諸侯会議による新政府の設立を説いており、大政奉還を受け入れた徳川慶喜をそこに含めることを想定していた。そのため、武力倒幕と旧権力の排除を目指していた西郷隆盛と、新体制への穏健な移行を説いていた坂本との間に、慶喜の処遇をめぐる意見の相違が生じた西郷、大久保らは新政府のあり方について意見の異なる龍馬の動きを看過できなくなり、故意に幕府側に坂本の所在を漏らすなど暗殺に関与したとする。
この武力倒幕派の暗躍という説は、佐々木多門の書状や近江屋の女中たちの証言(現場に駆け付けた海援隊士中島信行が女中に聞いたという話。ただし、当時中島はいろは丸の件で長崎におり、現場に駆け付けるのは不可能だったと一蹴されている)などの資料が影響を与えている。
しかし、龍馬自身が幕府大目付である永井尚志と談合するなど憚りのない行動を取っており、それを周囲に警告されているような状態では、たとえその様な情報は無くとも京都見廻組が龍馬の所在を難なく突き止められたであろうと考えられる。また、中岡慎太郎も武力倒幕派であり、薩摩藩家老である小松清廉も大政奉還を慶喜に迫っているなど様々な矛盾が生じる。そのため、大政奉還路線と武力倒幕路線の対立を必要以上に強調しすぎたきらいがあるというのが、歴史学上ではおおむね統一した見解となっている。
テレビ・小説などではこの説を採用することが多く、旧来の歴史学上の多数派の主張とは異なり、一般では近年この説を支持する人が多い傾向にある。