1: 坊主 ★ 2016/07/23(土) 23:51:32.62 ID:CAP_USER.net
引用元:dot. 2016/7/23 18:30
http://dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2016072300063.html
鹿島様(出典:公益社団法人日本観光振興協会)

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いろんなタイプの鹿島様がいます。出典:有限会社建築相談センター

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茨城県 鹿島神宮
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藁のかかし
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秋田県の名物として知られる巨大なワラ人形「鹿島様」。
骨組みと受け継がれてきた面以外は稲ワラで作られ、村々の疾病・災厄退散と五穀の実りを祈願した秋田とその周辺地域独特の守護神像は、見るものを圧倒せずにはおきません。

でも「鹿島様」を深く調べていくと、いくつもの謎に突き当たります。この謎は、東国三社の一つであり、かつては伊勢以外の神宮は鹿島・香取より他になし、といわれた鹿島神宮の祭神・タケミカヅチの謎にもむすびついていきます。


ショウキサマ・ドンジン・クサニオウ…色んな呼び名がある鹿島様・でもそもそも「鹿島様」って何?

日本は長い間稲作を営んできた瑞穂の国。稲には、特別な霊力と神が宿ると信仰されてきました。正月の注連飾りなども稲ワラで作られるように、神聖な場所の結界に稲ワラを利用してきました。そんな稲ワラ文化の極致といえるものが巨大稲ワラ人形・鹿島様。

湯沢市岩崎地区の三つの町内(末広町、栄町、緑町)では、それぞれ高さ約4メートル前後のワラ人形を作って、村の北・南・西の入口に奉り、疫病退散や家内安全、五穀豊穣を祈願してきました。全国にある稲ワラで注連縄や大蛇を綯い災厄よけとする道切り、辻切りなどと同じく、村の境界や道筋などに置く道祖神・賽の神の一種で、民俗学的には「人形道祖神」といいます。

もっとも有名なのはもちろん4メートルを越す身の丈と力士のような体躯の巨大なタイプですが、その姿はバリエーションに富み、木に巨人の履くような大わらじを吊るしたものや、絵馬のように仁王面だけのもの、全身木製のものなどさまざま。筆者は人間とほぼ同じ大きさで作られる、鶴形や大館で見られるものが個人的に好みです。男女一対で子孫繁栄の男根や女陰などが強調されるものは縁結び道祖神としての側面もよく出ていますし、また顔もポーズもユニーク。中には槍を掲げ未開のジャングルの精霊を思わせる神秘的でエキゾチックな姿のものもあり、実に独創的です。

人形道祖神の呼び名は、鍾馗様(しょうきさま・中国道教の神で疫病神を追い払い魔を除く。玄宗皇帝の夢に現れ、皇帝の病気を治した鍾馗伝説に基づく。)、仁王様もしくは草似王(執金剛神・金剛力士ともいわれ、仏教の護法善神。寺院の表門などに安置することが多い)、ドンジン(道祖神の訛り)、ジンジョ(お地蔵さまのこと)、人形様など、地域ごとにさまざま。「鹿島様」もそんな呼び名の一つなのですが、もっとも印象的でインパクトのある湯沢市などの巨大道祖神が「鹿島様」であることや、鹿島様という呼び名の地域がもっとも多いことから、便宜上、秋田周辺の人形道祖神を「鹿島様」と総称してもいます。

ではその「鹿島様」とは何でしょうか。

2: 坊主 ★ 2016/07/23(土) 23:52:49.94 ID:CAP_USER.net
鹿島神=タケミカヅチは本当に武神だったのか・鹿島送りの謎

「鹿島様」は、鹿島神、つまり茨城県常陸の国の一宮・鹿島神宮の祭神、武甕槌(建御雷神・タケミカヅチ)のことだと思われます。古事記においては「出雲の国譲り」の逸話で登場して、出雲の主だったオオクニヌシの息子タケミナカタ(建御名方神)と戦い打ち負かした、日本書紀ではフツヌシ(経津主神)に伴い悪神たちを打ち負かして葦原中国平定をなしとげた軍神として伝わっています。名前も「タケ」=武・猛、「ミ(イ)カヅチ」=雷、となんか強そう。

ですから、疫病や飢饉や天災など、災厄から村を守ってくれる神として、力強く頼れるいくさ神をかたどったのだ、ということは理解できます。

しかし、それならなぜ同じく軍神である「香取様」(香取神宮の祭神フツヌシ)や、災いからの守護神としてもっと一般的でこわもてのメジャーな不動明王などではなく、「鹿島様」なのか。秋田県と茨城県は遠く離れていますし、秋田県に鹿島神宮の分社は多くはなく、それほど信仰が広まっていたというわけでもなさそうです。鍾馗様や仁王様、お地蔵様は、それぞれタケミカヅチよりはずっとメジャーな庶民の守り神です。

東日本一帯には、鹿島人形、鹿島流し、鹿島踊り、鹿島送りなどというさまざまな習俗に鹿島の名が付けられており、その多くは、小さな武者のワラ人形を棒につるしたり、舟に乗せ川に流したりなど、虫送りや七夕、雛流しと同様、人形をいけにえの依り代にした祭りの形態をとります。

虫送りでも、非業の死を遂げた武者の名をつけて(斎藤実盛)、その人形に虫の霊をくっつけて燃やすといういけにえ(身代わり)が行われるのです。

いけにえ、身代わりとなる武者である鹿島神。道祖神、賽の神としては理にかなっていますが、天津神側の武神の長であるはずの神が、いけにえや身代わりになるものでしょうか。

3: 坊主 ★ 2016/07/23(土) 23:53:14.57 ID:CAP_USER.net
鹿島神の正体は・・・記紀の歴史リライト

秋田の鹿島様のバリエーションである福島県の人形道祖神は久比毘古命(くえびこ)とも呼ばれます。「久延毘古」とは「山田のそほど」つまりかかしのことです。田んぼの真ん中で野鳥を追い払う役割のかかしは、田の神、農業の神、船戸神(ふなとのかみ、岐神、道祖神)であり、また人々のためにいけにえとされたものの神格化です。

実は、日本書紀での葦原中国平定の段では、経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌命(たけみかづちのみこと)はまつろわぬ鬼神等をことごとく平定したのだが、香取の地に住む星の神である香香背男(かがせお)だけは服従しなかった、とあります。この香香背男(かがせお)とは、ずばり案山子(かかし)のことです。また、香香背男の別名は天津甕星(あまつみかほし)。かかしも鹿島様も同じ野ざらしのワラ人形、同じものなのではないでしょうか。

鹿島神(タケミカヅチ)が武神としての性格を与えられたのは、朝廷の藤原氏の氏神として登場する古事記の記述でのことで、本来は武神でも何でもない、関東から東北にかけての素朴な農耕・海洋神だったのではないでしょうか。というよりも、もっとはっきり言えば、葦原中国平定の段でフツヌシ(ヌシとつくのは物部氏の神で、物部氏は古代の軍事を司る氏族でしたから、まちがいなくフツヌシは軍神です)とともに悪神をやっつけた、と書かれるタケミカヅチは、本当は平定される悪神であり、香香背男=天津甕星こそタケミカヅチだったのではないでしょうか。そういう思いで見てみると、「タケミカヅチ」という名も、まったく違って聞こえてきます。「ミカヅチ」は雷ではなく、「甕」「ツ(の)」「チ(命)」という、極めて土着的で女性的なイメージであることがわかるし、「タケ」は実は古事記でやっつけたとされる「タケミナカタ」とも本当は同じ神様なのだ、というしるし付けにすぎない、と解釈できます。

鹿島神宮は、実は本殿が拝殿に正対せず、祟り神を封印した神社なのではという説があります。また、香取神宮も、いくつもの祟り神を祭った形式の痕跡を見ることが出来ます。

つまり、鹿島神宮は香香背男=天津甕星を封印したもの。かたや並び立つ香取神宮は、本来朝廷で「もののふ」として権勢を振るっていた物部の神を封印したもの。鹿島には東日本で本来あがめられていた豪族の氏神を、香取には物部氏の氏神を、それらを奪い取った藤原氏が呪いを封殺するために祭り上げたのが、東国の両神宮だったのではないでしょうか。

とりわけ鹿島は、本来敵方であった神をそれを討ち取る側に書き換えてしまったわけで呪いの色は強く、したがってまるで本来の自分のものであった大地を逆らわぬようにらみを利かせるように、北のほうに祭殿を開いている・・のかもしれません。

秋田の鹿角市には、日本最大の環状列石(ストーンサークル)大湯(おおゆ)環状列石が存在します。成立した時代はまるで違うものの、まるで巨大な鹿島様は、それと呼応するかのよう。古代の東北を統べていた神が、人々の直感を通して人形道祖神として姿をあらわしたかのようにも思えます。最近では七月に衣替えをする鹿島様が多いとか。圧巻だったり、ちょっ不気味だったり、かと思うと笑ってしまうようなユニークなものなど、さまざまな姿の「鹿島様」。是非実物を見にいきませんか。

参照・秋田人形道祖神~ 秋田県の民俗学の原点を求めて ~

8: やまとななしこ 2016/07/24(日) 01:16:43.87 ID:PiGxDKuC.net
凄く興味深い、大きいなぁ。

鹿島様という名は、秋田県の一宮とも言える格式の古四王神社の御祭神が武甕槌命だからでしょうね。
こしおう神社は、秋田はじめ東北各地に鎮座する。
鹿島神宮
鹿島神宮(かしまじんぐう、鹿嶋神宮)は、茨城県鹿嶋市宮中にある神社。全国にある鹿島神社の総本社。
千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。
茨城県南東部、北浦と鹿島灘に挟まれた鹿島台地上に鎮座する。古くは『常陸国風土記』に鎮座が確認される東国随一の古社であり、日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する武甕槌神(建御雷神、タケミカヅチ)を祭神とすることで知られる。
古代には朝廷から蝦夷の平定神として、また藤原氏から氏神として崇敬された。その神威は中世に武家の世に移って以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬された。現在も武道では篤く信仰される神社である。
文化財のうちでは、「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」と称される長大な直刀が国宝に指定されている。また境内が国の史跡に、本殿・拝殿・楼門など社殿7棟が国の重要文化財に指定されているほか、多くの文化財を現在に伝えている。鹿を神使とすることでも知られる。


https://ja.wikipedia.org/wiki/鹿島神宮
11: やまとななしこ 2016/07/24(日) 05:09:13.30 ID:/dS5tgdo.net
さすがにタケミナカタとタケミナヅチが同じはない
タケミナカタ
タケミナカタは、『古事記』等に伝わる日本神話の神。『古事記』では「建御名方神(たけみなかたのかみ)」、他文献では「南方刀美神(みなかたとみのかみ)」・「御名方富命」・「建御名方富命」等とも表記される。
『日本書紀』に記載はない。
諏訪大社(長野県諏訪市ほか)の祭神として知られる。タケミナカタは、『古事記』では葦原中国平定(国譲り)の場面で記述されている。これによると、建御雷神(タケミカヅチ)が大国主神に葦原中国の国譲りを迫った際、大国主神は御子神である事代主神(コトシロヌシ)が答えると言った。事代主神が承諾すると、大国主神は次は建御名方神が答えると言った。建御名方神は巨大な岩を手先で差し上げながら現れ、建御雷神に力競べを申し出た。そして建御雷神の手を掴むと、建御雷神の手は氷や剣に変化した。建御名方神がこれを恐れて下がると、建御雷神は建御名方神の手を握りつぶして投げ飛ばした。建御名方神は逃げ出したが、建御雷神がこれを追い、ついに科野国(信濃国)の州羽海(すわのうみ:諏訪湖)まで追いつめて建御名方神を殺そうとした。その時に、建御名方神はその地から出ない旨と、大国主神・八重事代主神に背かない旨、葦原中国を天つ神の御子に奉る旨を約束したという。
タケミナカタは、前述の諏訪大社のほか、諏訪大社から勧請された全国の諏訪神社で「諏訪神」として祀られている。この諏訪神は、『梁塵秘抄』に「関より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」とあるように軍神として信仰されたほか、農耕神・狩猟神としても信仰された。また風の神ともされ、元寇の際には諏訪の神が神風を起こしたとする伝承もある。


https://ja.wikipedia.org/wiki/タケミナカタ
タケミカヅチ
タケミカヅチ(タケミカヅチノオ)は、日本神話に登場する神。雷神、かつ剣の神とされる。また、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の主神として祀られていることから鹿島神(かしまのかみ)とも呼ばれる。鯰絵では、要石に住まう日本に地震を引き起こす大鯰を御するはずの存在として多くの例で描かれている。
「出雲の国譲り」の段においては伊都之尾羽張(イツノオハバリ)の子と記述されるが[7]、前述どおり伊都之尾羽張は天之尾羽張の別名である。アマテラスは、タケミカヅチかその父イツノオハバリを下界の平定に派遣したいと所望したが、建御雷が天鳥船(アメノトリフネ)とともに降臨する運びとなる。出雲の伊耶佐小浜(いざさのおはま)に降り立ったタケミカヅチは、十掬の剣(とつかのつるぎ)を波の上に逆さに突き立てて、なんとその切っ先の上に胡坐をかいて、大国主(オオクニヌシノカミ)に対して国譲りの談判をおこなった。大国主は、国を朝廷に譲るか否かを子らに託した。子のひとり事代主は、すんなり服従した。もう一人、建御名方神(タケミナカタ)(諏訪の諏訪神社上社の祭神)は、建御雷に力比べをもちかけ、手づかみの試合で一捻りにされて恐懼して遁走し、国譲りがなった。このときの建御名方神との戦いは相撲の起源とされている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/タケミカヅチ
12: やまとななしこ 2016/07/24(日) 05:10:44.75 ID:N9/fb5h5.net
何だか解かんないけど、凄い神様ってこと?


13: やまとななしこ 2016/07/24(日) 05:41:07.34 ID:bC0EBkgK.net
別の「鹿島」の等身大フィギュアスレから参りました

16: やまとななしこ 2016/07/24(日) 07:37:43.13 ID:w/iqkaJK.net
子供の頃、コックリさんより破壊力ある霊媒パターンが「カシマさん」だったのだが、なんか関係あるん???
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カシマさん
カシマさんとは、日本の都市伝説の一種。
「鹿島大明神・カシマさま・カシマレイコ・仮死魔霊子」などとも呼ばれる。
「過去に起きた悲惨な事件」の話を知ってしまった者に、電話や夢で「謎」の問いかけがある。これに正しく答えられないと身体の一部を奪われ死ぬ、というもの。
「鹿島神社と関係がある」とする派生もあるが、タケミカヅチを祀る鹿島信仰とこの噂には関連性はない。


https://ja.wikipedia.org/wiki/カシマさん
28: やまとななしこ 2016/07/24(日) 10:37:45.62 ID:KjRLf5y1.net
鹿島さまかどうか知らないけど
このでっかい藁人形って道祖神みたいな感じだと思ってたよ
男女一対のイメージだった

27: やまとななしこ 2016/07/24(日) 10:18:00.84 ID:ABozi5U4.net
秋田と茨城の共通点つったら佐竹氏と
関係ないのかな?

36: やまとななしこ 2016/07/24(日) 18:52:38.37 ID:4rn2vPMA.net
>>27
むしろ坂上田村麻呂が関係してるんじゃ無いかと思います。
佐竹氏は同じ茨城でも北部の常陸太田、常陸大宮が本拠地だったし何より追い出された訳だし。

34: やまとななしこ 2016/07/24(日) 12:18:50.54 ID:TGPQLpPx.net
神武東遷にも御尽力された神さまですね

29: やまとななしこ 2016/07/24(日) 10:46:04.44 ID:g6f/RoBm.net
あれ?鹿島流しってなかったっけ?
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鹿島流し
北関東から東北地方にかけて行われる神送りの一種。疫病や災難が村に起こると、人形をつくり、それに悪神を封じ込めて舟に乗せ、海や川に流す。

https://kotobank.jp/word/鹿島流し
1001: うしみつ 2032/3/2(火) 04:044:44.44 ID:usi32.com

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元スレ:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/femnewsplus/1469285492/
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鹿島神宮で公開されているフツノミタマって
もの凄く大きくて長い剣なんですよね~
厨二心をもの凄くくすぐられます…






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