1: 風吹けば名無し 投稿日:2013/11/14(木) 19:51:12.62 ID:AO7QEMyU
1左 十河一存暗殺(の疑い)
2一 三好義興毒殺(諸説あり)
3三 大仏焼き討ち
4中 足利義藤暗殺
5捕 天皇陵に多聞山城を建築
6遊 三好長慶の妻を側室に
7二 爆殺詐欺
8右 2度信長を裏切る
9投 三好家の実権を掌握

これは戦国時代エンジョイしてますわ
taiheiki27

松永 久秀

松永 久秀(まつなが ひさひで)は、戦国時代の武将。大和国の戦国大名。官位を合わせた松永弾正(まつなが だんじょう)の名で知られる。
初めは三好長慶に仕えたが、やがて三好政権内で実力をつけ、室町幕府との折衝などで活躍した。久秀は長慶の配下であると同時に交渉の一環として第13代将軍・足利義輝の傍で活動することも多く、その立場は非常に複雑なものであった。また、長慶の長男・三好義興と共に政治活動に従事し、同時に官位を授けられるなど主君の嫡男と同格の扱いを受けるほどの地位を得ていた。
長慶の死後は三好三人衆と時には協力し時には争うなど離合集散を繰り返し、畿内の混乱する情勢の中心人物の一人となった。織田信長が義輝の弟・足利義昭を奉じて上洛してくると、一度は降伏してその家臣となる。その後、信長に反逆して敗れ、信貴山城で自害した。その死について、文献上では日本初となる爆死という方法で自害したと伝えられているが、事実であったかどうかは定かではない。


http://ja.wikipedia.org/wiki/松永久秀