1: >>1 2016/09/27(火)23:48:59 ID:eO6
嫌がる人間を無理やり船に閉じ込め(中からは絶対開かない造りになってる)出航させる
表向きは極楽を目指す為だが、食糧も大して積まず海の上を永遠に漂流するだけ
波に揺られながら、密閉された真っ暗な船の中で餓死するのを待つ
no title

補陀落渡海
補陀落渡海(ふだらくとかい)は、日本の中世において行われた、捨身行の形態である。自発的な捨身行であるとは限らず、強制されたものもあった。
この行為の基本的な形態は、南方に臨む海岸に渡海船と呼ばれる小型の木造船を浮かべて行者が乗り込み、そのまま沖に出るというものである。その後、伴走船が沖まで曳航し、綱を切って見送る。場合によってはさらに108の石を身体に巻き付けて、行者の生還を防止する。ただし江戸時代には、既に死んでいる人物の遺体(補陀洛山寺の住職の事例が知られている)を渡海船に乗せて水葬で葬るという形に変化する。
最も有名なものは紀伊(和歌山県)の那智勝浦における補陀落渡海で、『熊野年代記』によると、868年から1722年の間に20回実施されたという。この他、足摺岬、室戸岬、那珂湊などでも補陀落渡海が行われたとの記録がある。
渡海船についての史料は少ないが、補陀洛山寺で復元された渡海船の場合は、和船の上に入母屋造りの箱を設置して、その四方に四つの鳥居が付加されるという設計となっている。鳥居の代わりに門を模したものを付加する場合もあるが、これらの門はそれぞれ「発心門」「修行門」「菩提門」「涅槃門」と呼ばれる。船上に設置された箱の中には行者が乗り込むことになるが、この箱は船室とは異なり、乗組員が出入りすることは考えられていない。すなわち行者は渡海船の箱の中に入ったら、箱が壊れない限りそこから出ることは無い。渡海船には艪、櫂、帆などの動力装置は搭載されておらず、出航後、伴走船から切り離された後は、基本的には海流に流されて漂流するだけとなる。
仏教では西方の阿弥陀仏の浄土のように、南方に観自在菩薩(観音菩薩)の住処があるとされ、補陀落(補陀洛、普陀落、普陀洛とも書く)と呼ばれた。


https://ja.wikipedia.org/wiki/補陀落渡海