erlkoenig02
1: Ψ 2016/10/09(日) 04:24:01.99 ID:JH6ql3PA.net
ああいうのやめろよ
魔王
『魔王』(まおう)は、ゲーテの詩。超自然的な存在である魔王によって襲われた子供の死を描写している。この詩はゲーテによって1782年のジングシュピール『漁師の娘』(Die Fischerin)の一部として作詞された。
この詩は多くの作曲家によって歌曲の詞として用いられた。中でも最も有名なのがシューベルトによるD328, Op.1である。これはシューベルトの生前において彼の最も有名な歌曲であった。
ゲーテの詩は、小さな少年が父親によって馬に乗りながら家へ連れ帰られる途中の場面から始まる。「Hof」は「庭」や「場所」などを意味する一般的な言葉であるため、最終的に連れ帰られた場所は明確ではない。この場合は中庭または農場の庭の可能性がある(ただし字義通りの「農場の庭」を意味する言葉は「der Bauernhof」になる)。父親の社会的地位も曖昧だが、どのような父親であれ息子や娘の具合が悪くなって苦しめば同じように感じるであろうことを考えれば、それは大きな問題ではない。
当初この詩は、子供が漠然とした病名不明の病気で危篤状態にあり、死神の妄想を見ているだけではないかという印象を与える。その後、詩はより奇怪な展開を見せ、子供の死によって幕を閉じる。
一説によれば、ゲーテが友人宅を訪れた際、夜遅くに暗い人影が何かを抱え、馬に乗って急いで門を通っていくのを見たという。翌日ゲーテと友人は、農夫が病気の息子を医者のところへ連れて行ったのだと教えられた。この出来事と後述の伝承とが詩の主な着想になったという話である。
『魔王』の話はデンマークで「Elveskud」と呼ばれる伝説に基づいており、その伝説に従って書かれたデンマークのバラードをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーがドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』(Erlkönigs Tochter)がゲーテの詩の元になっている。これはヘルダーが1778年に出版した『歌の中の人々の声』(Stimmen der Völker in Liedern)という民謡を集めた本に収録されている。ただし、ヘルダーの作品は結婚式を控えた男を魔王の娘が襲う内容で、ゲーテの詩とは大きく異なっている。
魔王(Erlkönig)がどのようなものであるかは様々な議論がある。ドイツ語の Erlkönig は文字通りには「ハンノキの王」を意味する。対応する英語の Erlking は通常「妖精の王」(Elf King)と解釈されるが、それに当たるドイツ語は「Elfenkönig」になるだろう。よく聞かれる説としては「Erlkönig」がデンマーク語で妖精の王を意味する「ellekonge」または「elverkonge」の誤訳だとするものである。しかし、ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から、樹木の精霊の王として魔王を設定し、想像力を膨らませたのである。
ドイツおよびデンマークの伝承では魔王は死の前兆として登場し、その意味ではアイルランドのバンシーに似ている。魔王は死に瀕した人物の前に現れる。魔王の姿かたちや表情が、これからその人物に訪れる死の内容を表す。苦しい表情であれば苦しい死であるし、穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。


https://ja.wikipedia.org/wiki/魔王 (ゲーテ)