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1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/06/05(月) 12:22:04.88 ID:CQsBrBwl0.net
咲夜映画見てまだ胸糞やわ
なんやあのクソどもは

山岳ベース事件
山岳ベース事件(さんがくベースじけん)とは、1971年から1972年にかけて連合赤軍が起こした同志に対するリンチ殺人事件。当時の社会に強い衝撃を与え、同じく連合赤軍が起こしたあさま山荘事件とともに新左翼運動が退潮する契機となった。
1960年代以前の日本では学生や労働者による政治運動や政治活動が盛んであった。そんな中、学生を中心とした新左翼諸派は、1967年頃より急速にその活動を先鋭化させていった。新左翼の過激な闘争は当初社会の注目を浴びたが、一般市民は次第に彼らの運動に賛同しなくなっていく一方で、警察は新左翼に対してより強硬な姿勢で臨むようになり、そうした時流や風潮に納得できない一部の若者たちは、より過激な活動を行うようになった。その中でも最過激派の代表格が、1969年9月に公然と登場した共産主義者同盟赤軍派、及びほぼ同時期に過激な闘争を開始した日本共産党(革命左派)神奈川県委員会(京浜安保共闘)で、同年10月の国際反戦デー闘争や同11月の佐藤首相訪米阻止闘争で新左翼主流武闘派や全共闘が壊滅し政治運動が穏健化する中、彼らはハイジャックやダイナマイト闘争などを行い、その活動をより先鋭化させていった。
一連の連合赤軍事件後、山岳ベース事件でのリンチ殺人については、元連合赤軍メンバー全員が何の正当性もない犯罪行為と捉えているものと思われる。連合赤軍事件の他にも多くの政治的過激派組織による殺人事件は発生しているが、殺人を犯した党派や実行犯は様々な理由をつけて自己正当化している場合がほとんどであり、当事者による事件の詳細な経緯の発表も当然行われておらず、事件の実態は闇の中となっている場合が多い。そのような中にあって、山岳ベース事件は事件を批判的に捉え返した詳細な記録が複数の当事者により発表されており、事件の実像に迫りやすいという点でも特異な事件である。


https://ja.wikipedia.org/wiki/山岳ベース事件