1: ハイキック(神奈川県)@\(^o^)/ 2015/11/20(金) 22:41:19.78 ID:ExP3u0yL0.net BE:736790738-PLT(12000) ポイント特典
新20世紀遺跡:/31 東京・上野 戦争の記憶/上

 ◇大空襲、8000体以上埋葬

 東京・上野は、東京東部屈指の繁華街である。今から40年ほど前、小学生だった記者は初めて訪れた。
公園の入り口、階段の前に、カーキ色の服を着た、片腕のない男性が座っていた。
傍らには箱がおかれて、いくばくかのお金。
色とりどり華やかな街の中で、そこだけが単色の、異様な空間にみえた。

「戦争でけがをした兵隊さんだよ」。

近くにいた大人がそう言った。
軍服を着た傷痍(しょうい)軍人だったのだろうか。

 街ゆく人々に経済的救済を請う傷痍軍人は上野だけでなく都内各地に存在していた。
当時は敗戦から30年。戦争体験者は今より多く、若かった。
社会全体に、戦争の記憶は色濃かったのだ。

 今月中旬、アメ横を歩いた。食品店や洋品店、雑貨店などが並ぶ著名な商店街だ。
平日の日中ながら、すれ違う人と体が触れるほどにぎわっていた。
そこから、かつて「負傷兵」がいた場所を過ぎ上野公園の中へ。
西郷隆盛の銅像の周辺では、修学旅行風の生徒や外国人らが記念撮影を楽しんでいた。


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http://mainichi.jp/shimen/news/20151119dde014040016000c.html
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傷痍軍人
傷痍軍人(しょういぐんじん)は、戦傷を負った軍人のこと。戦傷は復員後も健康や生活に大きな影響をもたらす。傷痍軍人には早くに亡くなる者、生涯を通じて病や不自由に悩む者も多く、古くは古代ギリシャ時代から社会問題となっている。
日本においても日露戦争後に大量の傷痍軍人が出現して大きな社会問題となり、国家により救済支援制度が整備された。また、第二次世界大戦において多くの軍人が戦死、あるいは傷痍軍人となった。戦時下においては、戦傷もまた名誉とされ、在世中の軍人傷痍記章を着けることを許され、社会的に優遇を受けることもあった。


https://ja.wikipedia.org/wiki/傷痍軍人