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1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/07/30(日) 08:31:05.12 ID:U4yZLbcy0.net
1923年(大正12年)
国は首塚を取り壊し土地を整理し大蔵省を立てる

大蔵大臣はじめ幹部14人が相次いで亡くなる

大蔵省壊して首塚を建て直す

1940年(昭和15年)
費用面から首塚の祈祷を辞めて5年目に首塚に併設してた大蔵省が落雷で全焼

新たに首塚の古跡保存碑を建設して祈祷を再開

1945年(昭和20年)
日本に進駐して来た米軍が首塚の整地をする計画を立てて工事開始

工事中にブルドーザーが転倒して運転手が死亡

整地中止

2000年(平成12年)
国が首塚を囲む周囲の土地を長銀に売却

首塚に面した部屋の役員が次々と病気になったり病死する

大規模お祓いで行員の相次ぐ病気は治るが長銀破綻

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平将門の首塚
平将門の首塚(たいらのまさかどのくびづか)とは、平将門の首を祀っている塚。
将門塚(しょうもんづか)とも呼ぶ。東京都指定の旧跡である。
伝承では、将門の首級は平安京まで送られ東の市、都大路で晒されたが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされる。伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされている。その中でも最も著名なのが、東京都千代田区大手町一丁目2番1号外(地図)にある首塚である。
かつては盛土と、内部に石室ないし石廓とみられるものがあったので、古墳であったと考えられている。
築土神社や神田明神同様に、古くから江戸の地における霊地として、尊崇と畏怖とが入り混じった崇敬を受け続けてきた。この地に対して不敬な行為に及べば祟りがあるという伝承が出来た。そのことを最も象徴的に表すのが、関東大震災後の跡地に大蔵省の仮庁舎を建てようとした際、工事関係者や省職員、さらには時の大臣早速整爾の相次ぐ不審死が起こったことで将門の祟りが省内で噂されることとなり、省内の動揺を抑えるため仮庁舎を取り壊した事件や、第二次世界大戦後にGHQが周辺の区画整理にとって障害となるこの地を造成しようとした時、不審な事故が相次いだため計画を取り止めたという事件である。結果、首塚は戦後も残ることとなり、今日まで、その人気のない様に反し、毎日、香華の絶えない程の崇敬ぶりを示している。
近隣の企業が参加した「史蹟将門塚保存会」が設立され、維持管理を行っている。隣接するビルは「塚を見下ろすことのないよう窓は設けていない」「塚に対して管理職などが尻を向けないように特殊な机の配置を行っている」とされることがある。


https://ja.wikipedia.org/wiki/平将門の首塚