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那須町に伝説として伝わる岩に姿を変えたきつねを供養する慰霊祭が11日行われました。

那須町に伝わる「九尾の狐」の伝説は、平安時代、いまの中国からやってきた9本の尾があるきつねが、女性に化け、きさきになって、朝廷を滅ぼそうとしましたが、この地で退治されて岩に姿を変えたと言われています。
慰霊祭は伝説を広く知ってもらおうと、地元の観光協会が開ききつねが姿を変えたといわれる「殺生石」の前には観光関係者などおよそ20人が集まりました。
そして、神事が行われ、集まった人たちはひとりひとり玉串をささげました。
このあと、地元の保存会にによる「九尾の狐」をテーマにした和太鼓の演奏が披露されました。
「九尾の狐」は伝説では悪事を尽くしたと伝えられていますが、いまは町の観光協会のマスコットキャラクター「きゅーびー」のモデルにもなり地元の観光振興に貢献しています。
那須町観光協会の廣川琢哉会長は「『九尾の狐』は那須町にとってなくてはならない存在になっているので、伝説を守りながら末永く共存していきたい」と話していました。
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玉藻前
玉藻前(たまものまえ)とは、平安時代末期に鳥羽上皇の寵姫であったとされる伝説上の人物。妖狐の化身であり、正体を見破られた後、下野国那須野原で殺生石になったという。

『絵本三国妖婦伝』では、最初は藻女と呼ばれたとされ、子に恵まれない夫婦の手で大切に育てられ、美しく成長した。18歳で宮中で仕え、のちに鳥羽上皇に仕える女官となって玉藻前()と呼ばれる。その美貌と博識から次第に鳥羽上皇に寵愛されるようになった。
しかしその後、上皇は次第に病に伏せるようになり、朝廷の医師にも原因が分からなかった。しかし陰陽師・安倍泰成(安倍泰親、安倍晴明とも)が玉藻前の仕業と見抜く。安倍が真言を唱えた事で玉藻前は変身を解かれ、九尾の狐の姿で宮中を脱走し、行方を眩ました。
その後、那須野(現在の栃木県那須郡周辺)で婦女子をさらうなどの行為が宮中へ伝わり、鳥羽上皇はかねてからの那須野領主須藤権守貞信の要請に応え、討伐軍を編成。三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常を将軍に、陰陽師・安部泰成を軍師に任命し、8万余りの軍勢を那須野へと派遣した。
那須野で、既に九尾の狐と化した玉藻前を発見した討伐軍はすぐさま攻撃を仕掛けたが、九尾の狐の術などによって多くの戦力を失い、失敗に終わった。三浦介と上総介をはじめとする将兵は犬の尾を狐に見立てた犬追物で騎射を訓練し、再び攻撃を開始する。
対策を十分に練ったため、討伐軍は次第に九尾の狐を追い込んでいった。九尾の狐は貞信の夢に娘の姿で現れ許しを願ったが、貞信はこれを狐が弱っていると読み、最後の攻勢に出た。そして三浦介が放った二つの矢が脇腹と首筋を貫き、上総介の長刀が斬りつけたことで、九尾の狐は息絶えた。


https://ja.wikipedia.org/wiki/玉藻前