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1: 風吹けば名無し 2017/12/11(月) 02:18:43.77 ID:FFHdu9y7a.net
1959年2月2日 
これはディアトロフ峠事件と呼ばれロシアで起こった謎の事件である

当時者は9人でオトルテン山に上った全員が謎の死を遂げたのだった

最初は10人で雪山に登る計画だったが、1人が途中で棄権をし、9人で山に登ることになった

このとき途中棄権をした人物の名前はユーリー・ユーディンである
ディアトロフ峠事件
ディアトロフ峠事件(ディアトロフとうげじけん)とは、1959年2月2日の夜、当時のソ連領ウラル山脈北部でスノートレッキングをしていた男女9人が不可解な死を遂げたことで知られる事件である。
事件は、ホラート・シャフイル山の東斜面で起こった。事件があった峠は一行のリーダーであったイーゴリ・ディアトロフの名前から、ディアトロフ峠と呼ばれるようになった。当時の調査では、一行は摂氏マイナス30度の極寒の中、テントを内側から引き裂いて裸足で外に飛び出したとされた。遺体には争った形跡はなかったが、2体に頭蓋骨骨折が見られ、別の2体は肋骨を損傷、1体は舌を失っていた。 さらに何人かの犠牲者の衣服から、高い線量の放射能が検出された。事件は人里から隔絶した山奥で発生し、生還者も存在しないため未だに事件の全容について不明な点が残されている。
当時のソ連の捜査当局は “抗いがたい自然の力” によって9人が死に至ったとし、事件後3年間にわたって、スキー客や探検家などが事件の発生した地域へ立ち入ることを禁じた。


https://ja.wikipedia.org/wiki/ディアトロフ峠事件