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1:人間七七四年:2009/04/11(土) 15:26:03 ID:KBJMyfFw.net

織田信秀 拉致され何時殺されるかわからない状況におかれ、耐え難い恐怖を味わう
今川義元 東海一の弓取り、圧倒的な勢力を誇り弱小松平は傘下に下るしかなかった
織田信長 何考えるかわからない基地害、仕返しの手段も執拗で怖くて逆らえない
武田信玄 卓越した指揮能力と最強軍団を率いる巨星、恐怖のあまりうんこもらした
真田昌幸 優れた智謀で二度も撃退される、二度目の敗北では息子に危うく腹を切らせるところであった
豊臣秀吉 すぐれた政治外交手腕に加え時の運も兼ね備えた天下人
前田利家 歌舞伎者、秀吉亡き後、存在感だけで家康の動きを牽制し恐怖に陥れた
石田三成 小領主ながら優れた外交手腕と交渉術で関ヶ原に10万の軍勢を集結させ家康の前に立ちはだかった
小早川秀秋 関ヶ原で内応の約束にすぐに応じず家康を恐怖に陥れる、彼の裏切りがなければ東軍の方が負けていた可能性もあった
豊臣秀頼 若く、織田豊臣の血を引き巨大なカリスマ性を持つ、年老いた家康は彼の若さに恐怖した
真田幸村 大坂の陣で無双の活躍を見せ家康本陣を急襲。一時は家康に死を覚悟させるほどであった

徳川家康
徳川 家康は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。江戸幕府の初代征夷大将軍。三英傑の一人。
徳川家康は、織田信長と同盟し、豊臣秀吉と対立・臣従した後、日本全国を支配する体制を確立して、15世紀後半に起こった応仁の乱から100年以上続いた戦乱の時代(戦国時代、安土桃山時代)に終止符を打った。家康がその礎を築いた江戸幕府を中心とする統治体制は、後に幕藩体制と称され、17世紀初めから19世紀後半に至るまで264年間続く江戸時代を画した。


http://ja.wikipedia.org/wiki/徳川家康

2:人間七七四年:2009/04/11(土) 15:29:14 ID:RdSxtQNf.net

小早川秀秋に一番ワラタw



3:人間七七四年:2009/04/11(土) 15:46:38 ID:uWy3Z4Sl.net

たしか前田慶次もパチスロのCMで
秀吉や家康が最も恐れた男ってフレーズがついてたな
ビビリまくりだろ家康



9:人間七七四年:2009/04/11(土) 17:53:24 ID:tjUusTEH.net

実際、信長と信玄くらいなもんじゃねーの



10:人間七七四年:2009/04/11(土) 17:54:44 ID:ignxob92.net

織田、今川、武田、秀吉はその時点では格上なんだから
わざわざ恐れた男なんて言わんでしょう

ついでに明石全登なんかはどうかな



11:人間七七四年:2009/04/11(土) 18:02:27 ID:VeLth1Yb.net

紅一点で茶店婆


徳川家康が三方ヶ原の戦いで武田信玄の軍に敗れた際、敗走の途中の茶屋で小豆餅を食べた。家康が小豆餅を食べている時に武田軍が追ってきたため、家康は代金を払わずに馬に乗って逃げた。しかし茶屋の老婆が走って家康を追いかけ、やっと追いついて家康に代金を支払わせた。この老婆が家康に追いついたところが「銭取」という地名として残った。


13:人間七七四年:2009/04/11(土) 18:22:39 ID:Hwp277Xu.net

>>11
築山殿がいるだろ



15:人間七七四年:2009/04/11(土) 19:59:16 ID:AE9Lt63w.net

島津義弘も追加しろ。



17:人間七七四年:2009/04/11(土) 20:15:10 ID:nsUFsvwM.net

追加

立花宗茂・・・武勇を恐れた家康は大名として復活させ秀忠の相伴衆となる。もはや譜代扱い



18:人間七七四年:2009/04/11(土) 20:40:18 ID:TksA9qrr.net

家康が恐れた男は一杯いるのに秀吉が恐れた男はあまり聞かないな
同じ簒奪者なのに



21:人間七七四年:2009/04/11(土) 20:59:49 ID:ignxob92.net

>>18
それが秀吉の人たらしたる所以
秀吉だとやっぱり黒田如水でしょうか



20:人間七七四年:2009/04/11(土) 20:58:54 ID:Qd88dipi.net

秀吉が恐れた男は
信長と家康と如水と蒲生



22:人間七七四年:2009/04/11(土) 21:00:26 ID:nsUFsvwM.net

信長や秀吉は現実離れしすぎてるから、恐れてるという感覚を持ち合わせてなさそうという風になるのでは。



23:人間七七四年:2009/04/11(土) 21:04:47 ID:ignxob92.net

確かに、家康はその2人と比べちゃうと普通の人な感じがするね



24:人間七七四年:2009/04/11(土) 21:05:13 ID:VbFi9t8B.net

確かに秀吉が現実離れ。

天下人なのに外様大名優遇しまくるゴミ政権を確立し
その中身のなさがもろに露呈し家康の天下

問題外のパフォーマンスだけの糞武将



37:人間七七四年:2009/04/11(土) 21:36:45 ID:oQQctLBG.net

>>1
【家康が最も恐れた男】
織田信秀 
今川義元 お歯黒野郎
織田信長 マジキチ 坊主狩りが好きなモヒカン
武田信玄 合戦毎に重臣が討たれる戦下手
真田昌幸 バルカン政治家の村長さん
豊臣秀吉 種無し
前田利家 まつを献上するヘタレ チキン 慶次の噛ませ犬
石田三成 あの毛利と島津に指図する世間知らず
小早川秀秋 毛利に養子に行けなかったマヌケ
豊臣秀頼 正体不明のふしぎちゃん
真田幸村 親の七光り



38:人間七七四年:2009/04/11(土) 21:42:21 ID:reEl49IZ.net

>>1
家康自身の最終評価は多分

織田信秀 昔すぎてよく覚えてない。曾孫の秀信と名前がごっちゃになってしまう
今川義元 大軍率いて攻めたのに襲撃されて首とられるか普通?馬鹿だろ
織田信長 こいつは謀反されすぎ、家臣を見る目くらい養え
武田信玄 やはり健康管理って重要だね
真田昌幸 俺が戦ったわけじゃないし・・・九度山で凍死させちゃったけどね
豊臣秀吉 色々あったけど朝鮮を攻めたり関白を殺したりしてくれて助かったよ
前田利家 なんか強情を装っていたけど妻子はものすごく従順だった、きっと裏では自分に降伏するように説得してくれていたんだ
石田三成 噛ませ犬、このアホのおかげで2年で天下が取れた
小早川秀秋 領地没収処分から助けてやっただろが、さっさと三成を攻めろ
豊臣秀頼 この引き篭りをどうにかして、いつまで母ちゃんのおっぱい吸っているんだ
真田幸村 あれ?名前が信繁だった気がするが・・・とにかく大坂の陣までまったく知らなかったよ



40:人間七七四年:2009/04/11(土) 22:59:27 ID:nsUFsvwM.net

家康への最終評価

織田信秀 倅のチンコしゃぶってた
今川義元 あいつの尺八は最高
織田信長 堺を見物する田舎侍
武田信玄 信長の腰ぎんちゃく
真田昌幸 運だけはいいみたい
豊臣秀吉 健康すぎてワロタ



44:人間七七四年:2009/04/12(日) 01:06:55 ID:lAWsyY0Q.net

三成は意外と怖かったんじゃね?
取るにたりないやつだと思ってたら自分以上の大軍を率いてたんだから。



46:人間七七四年:2009/04/12(日) 02:17:43 ID:7ICctXTP.net

>>44
秀忠到達待たずに攻撃してまんがな



47:人間七七四年:2009/04/12(日) 04:21:08 ID:ekRSDuKl.net

待ってたら待ってたで不利になるんだよな。



48:人間七七四年:2009/04/12(日) 19:30:22 ID:vUDUXJS7.net

>>47
毛利関係者のうち反徳川派は安国寺恵瓊と若い毛利秀元しか現場にいなかったのも
家康の調略が成功した要因の一つだからな。
1日開戦が遅れて大津にいた毛利元康(元就の八男)が2~3万位の軍勢を率いて関ヶ原に到着してしまうと
吉川広家が毛利軍の動きを抑えるのが困難になった可能性もある。

そういう意味では家康の開戦決断は絶妙のタイミングだったと思うぞ。



54:人間七七四年:2009/04/14(火) 15:47:17 ID:EiM8uNN2.net

家臣団も恐れた家康。

信康…才覚があって恐れたから死においやった
秀康・忠輝…怖い顔でやたら才覚があったから冷遇
頼宣…息子なのにクーデターの黒幕
頼房…息子なのに徳川将軍家への粘着アンチ
伊井以外の四天王…戦争に強くて怖いから宗家の石高は控え目
本多正信…謀略凄すぎて怖いから石高控え目かつ息子の代に取り潰し
長安…鉱山掘りすぎて怖いから死後に一族皆殺し
大久保一族…強くて怖いから長安の件のついでに改役
柳生一族…剣振り回してて怖いお
御子神典膳…柳生よりヤバいから怖いお

外では政宗達が策謀してて中では下から圧力が、晩年の家康が恐れなかったのは秀忠だけ。
貯まったストレスは幼女側室と自作のヤバい薬、鷹狩りと天ぷらで癒す毎日。
家康可哀想です(;ω;)



61:人間七七四年:2009/04/14(火) 19:53:00 ID:ArCp0hpp.net

>>54
長安w



112:人間七七四年:2009/07/30(木) 00:11:34 ID:EqRWwnMJ.net

>>54
頼宣って、大御所にクーデターなんかしたの?



153:人間七七四年:2009/09/20(日) 15:13:06 ID:Ck1VcP9h.net

>>112
もちろんしていないが、家康死後の由比小雪の乱で頼宣の書状らしきものが見つかった。
本物か偽物かはわからずだが、頼宣はしばらく江戸から帰れなかったらしい。
日頃から変な家臣召し抱えたりと怪しい行動も多かったらしいが。

無論書き込まれているのはネタで、家康生存時はただの子供。



57:人間七七四年:2009/04/14(火) 16:48:03 ID:Q/0Xa32k.net

もっとも恐れられたのは利休だろうな
知名度、茶道の腕 どちらをとっても最強
利休を敵にまわしたら国民を敵にまわすような物だからな



93:人間七七四年:2009/04/20(月) 08:43:05 ID:rRj79XDQ.net

全盛期の権現様伝説

・1大名家に5人恐れた男がいるのは当たり前、1大名家8人の場合も
・敵大名武者全員恐れる事を頻発
・家康公にとって安心できる武将は恐れそこなった武将
・降伏に来た敵将を恐れる事も日常茶飯
・大坂夏の陣最終局面、徳川家+諸大名十万で包囲の状況から1人真田信繁を恐れた
・三河独立時には既に死んでいる朝倉宗滴や尼子経久も余裕で恐れた
・家康誕生時には既に死亡していた太田道灌や北条早雲も恐れた
・一回の戦で恐れた武将が三人増える
・真田昌幸を恐れるのが特技
・武田信玄出陣と聞いただけで家康が泣いて恐れた、うんこをもらす三河守も
・改易した大名家でも納得いかなければ旗本として登用して恐れた
・あまりに恐れすぎるから側室を怖くない幼女で固めて、世間でロリ扱い
・その幼女側室も恐れた
・信長が一睨みしただけで恐れた織田家武将が増えていく
・誰にも合わなかった日でも二人恐れた
・就寝中も数人恐れた
・一国の住民全員恐れる事なんてザラ、一地方全員恐れることも
・直江が直江状を書いてから江戸に書状がつくより家康が恐れる方が早かった
・反三成派に追われて徳川家の屋敷に逃げ込んだ三成をかくまいながら恐れた
・国家安康君臣豊楽の文言に流暢な三河弁で抗議しながら秀頼淀君その他を恐れた
・グッと鷹狩りしただけで5人くらい恐れた
・一条兼定を恐れていたことは有名
・武家諸法度を制定したきっかけは家康が恐れたから
・「一本の矢でも恐ろしいが三本集まるともっと恐ろしい」と大名達の兄弟を恐れた



117:人間七七四年:2009/08/05(水) 21:03:18 ID:8x0Vumcr.net

>>93
>直江が直江状を書いてから江戸に書状がつくより家康が恐れる方が早かった
ワロタ



60:人間七七四年:2009/04/14(火) 17:56:38 ID:t/gVfCJk.net

恐れていたからこそ天下が取れた…という考えもあるかとw



58:人間七七四年:2009/04/14(火) 17:15:04 ID:FXPMxcYL.net

もう世界中の全てを恐れていたでいいよw


元スレ:http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1239431163/
05



He is one of the men most feared by Ieyasu.



07




(え……英語っ!?)