1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:45:17.67 ID:+d6EAbXL0

天武天皇は実は天智天皇の兄だったとかそういうの
明智光秀と天海は同一人物だとかそういう有名なのでもいいから



11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:49:49.12 ID:NtUNQEfq0

一休さんは皇族

一休宗純
出生地は京都で、出自は後小松天皇の落胤とする説が有力視されている 。
『一休和尚年譜』によると母は藤原氏、南朝の高官の血筋であり、後小松天皇の寵愛を受けたが、帝の命を狙っていると讒言されて宮中を追われ、民間に入って一休を生んだという 。
宮内庁では落胤説にもとづいて「後小松天皇皇子宗純王墓」としている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/一休宗純


15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:51:44.22 ID:+d6EAbXL0

>>11
これはほぼ100%本当だな
確か後小松天皇だっけ



12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:50:17.31 ID:osGohiPh0

源頼朝は東国武士の合意で北条氏に殺された
これは謎というよりほぼ事実だろ



13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:50:35.42 ID:sys4M1B00

チンギスハン=義経説 

義経=ジンギスカン説
衣川の戦いで自害したという源義経とモンゴル帝国の創始者、チンギス・ハーンが同一人物であるという仮説・伝説である。
江戸時代には林羅山や新井白石らによって真剣に議論され、水戸光圀などは蝦夷に探検隊を派遣するなど、重大な関心を持たれていたが、沢田源内『金史別本』などの虚偽が判明し、それ以来学術的には否定されてきた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/義経=ジンギスカン説


16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:54:15.59 ID:osGohiPh0

>>13
使ってた弓の形とか似てるんだっけか



17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 20:56:16.53 ID:EscHGzl0O

徳川埋蔵金はある



21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:01:28.77 ID:+d6EAbXL0

>>17
小栗上野介が隠したっていうのは嘘だと思う



20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:00:41.04 ID:yg7ZDOpIO

浪岡北畠氏配下の"蝦夷奉行"の一族に承継されたアイヌ王の血筋



25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:04:45.78 ID:+d6EAbXL0

>>20
なにそれ気になる



41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:24:09.22 ID:yg7ZDOpIO

>>25
安東氏が蝦夷将軍と言われているのは有名だけれど
安東氏以上に津軽で清華を誇った浪岡北畠氏(北畠顕家の子孫)は現青森中南部のど真ん中を支配したが、
一方で、同じ室町~戦国期には現在の津軽地方中部から北部にかけて
アイヌ人がそこそこの数住んでいて所々にチャシ(砦ないし城)を築いていた。
そして、浪岡北畠氏は配下のある一族に津軽のアイヌ人との交渉を委ね(蝦夷奉行の由来)、
その一族は北畠氏支配地の東北端を支配し、
その一族は津軽のアイヌ首長層から代々妻を貰って、血縁関係を維持しながら一族の権威を保持した。
室町末期にコシャマインの乱が現北海道で起こった際には、逃れて来たコシャマインの子弟を受け入れ、彼らと一族の数名が通婚し、
北畠氏が津軽氏(大浦氏)に滅ぼされたあとも、津軽氏は、"蝦夷奉行"の一族を津軽統治の具に使うために上士扱いにして遇した。
以降もシャクシャイン戦争の折には、シャクシャインの敵であった
シュムンクル大首長オニビシの子弟をその一族を匿い、彼らと女系で通婚し血を後世に残したそうな。



42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:27:19.85 ID:+d6EAbXL0

>>41
知らなかった
てかアイヌと和人って普通に混血してるんだよな



47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:31:00.26 ID:yg7ZDOpIO

>>42
津軽と下北の人間は、北海道のアイヌ並みにアイヌ系統の血が濃いね



22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:02:01.04 ID:iB0BXGpH0

写楽の正体はオランダ人



25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:04:45.78 ID:+d6EAbXL0

>>22
そういう説もあるのか
写楽は絵師集団のペンネームだって聞いたことある



66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:02:50.34 ID:Fs0Mro4jP

>>22
オランダからわからんが
シャーロック

シャーラック

シャラク 写楽

みたいなの聞いたことある



77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:11:00.55 ID:E4ALaifX0

>>66
アリス探偵局か



23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:02:48.63 ID:H/MUwvNDO

・東照宮に明智の桔梗紋多数
・明智縁の者に対する徳川の厚遇
・家光、秀忠→家 光秀 忠

教授…これは!!(´゚'ω゚`) 



24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:03:33.57 ID:EscHGzl0O

山本勘助は実在しない説



26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:05:32.75 ID:DVqcG2nw0

沖縄の海底遺跡は?



27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:06:57.03 ID:H/MUwvNDO

>>26
自然は偉大なアーティストだったのだよ!



29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:07:58.22 ID:fK+Eozrg0

>>26
与那国島のか
あれは自然にできた可能性も高いらしい



31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:08:24.25 ID:M/fC7ebkP

どー考えても変な死に方してる孝明天皇



34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:13:35.30 ID:+d6EAbXL0

>>31
孝明天皇と徳川家茂が同じ年に死んでるっていうのがなんとも怪しいよな



32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:09:04.43 ID:DVqcG2nw0

邪馬台国
弥生時代に日本のどこかに存在した国である



53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:46:00.81 ID:fK+Eozrg0

>>32
近畿でほぼ確定してる



33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:11:10.63 ID:uzY6ITsy0

本能寺の変は
信長が光秀に自分を討つように命令した説



35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:14:29.14 ID:fK+Eozrg0

>>33
目的は?



37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:19:36.33 ID:uzY6ITsy0

>>35
自分を死んだ事にしたかったから

まぁ、仮に生きていたとして、意味なかったかも知れねーけど
秀吉が「信長さま落ち延びてるだろ首ねーし」とか騒ぎ出したから



36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:19:19.73 ID:sv68q7R50

本能寺の変は
秀吉の家来が信長を討った説

その後、秀吉が光秀のせいにして討った



38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:20:29.56 ID:H/MUwvNDO

芭蕉は公儀の人間


松尾芭蕉
45歳の芭蕉による『おくのほそ道』の旅程は六百里(2400キロ)にのぼり、一日十数里もの山谷跋渉もある。これは当時のこの年齢としては大変な健脚でありスピードである。 これに18歳の時に服部半蔵の従兄弟にあたる保田采女(藤堂采女)の一族である藤堂新七郎の息子に仕えたということが合わさって「芭蕉忍者説」が生まれた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/松尾芭蕉


39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:23:15.66 ID:fK+Eozrg0

>>38
隠密って話もある
伊賀出身だし



48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:32:45.19 ID:H/MUwvNDO

>>39
うむ
公儀から密命を受けた隠密だったのだよ!!

そういや北斎もそんな説あったな…
富獄三十六景描く旅のついでに
その土地その土地を調べて公儀へ伝えてたとか



43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:27:39.38 ID:0t06YyOg0

後白河の黒幕っぷりに引く
やべえよあの陰謀屋



49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:35:51.34 ID:+d6EAbXL0

>>43
後白河、岩倉具視は日本史二大陰謀屋だからな



45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:29:17.37 ID:uzY6ITsy0

日本刀の原型を作ったの蝦夷(アイヌ系民族)だって説もあったなそういや



50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:36:38.52 ID:O7+nCjh30

>>45
蕨手刀を作ったのは蝦夷〈えみし〉だな
蝦夷〈えみし〉と蝦夷〈えぞ〉は違う
エミシは民族集団というよりは大和朝廷が自身にまつろわぬ北方の民を一くくりにしたもの
エゾはエミシの中の一集団の子孫であり、後のアイヌの祖となる集団



51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:42:40.39 ID:uzY6ITsy0

>>50
蕨手刀と言うより、岩手県南部の舞草刀のほうで言ったつもりだった
岩手県南部って平安くらいまで蝦夷系と和人を分ける場所だったろ
岩手の県南部ってアテルイとか言う有名人居たじゃん
だからアイヌ系の民族(蝦夷/えぞ)が居た(関わっていた)んじゃね、と思ったんだが違うか



54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:47:59.58 ID:O7+nCjh30

>>51
それでいいんじゃね
エゾ呼称の使用はAC1100前後以来らしいけど



59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:54:50.90 ID:lJnm06V90

高校で世界史とってた俺に邪馬台国の位置論争を基礎からわかりやすく教えてくれ



62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:57:42.37 ID:+d6EAbXL0

>>59
昔は近畿説と畿内説があったが、今は学会の99%が畿内説を支持してる
奈良にある纏向遺跡っていうのが、邪馬台国らしい
邪馬台国がそのまま大和王権になったってことだな



71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:05:39.79 ID:lJnm06V90

>>62
ほうほう
俺が聞いた話だとお偉いさんが近畿って言い張ってて
学会の意見がまとまらないって話だったけどそれってマジ?



73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:07:39.53 ID:+d6EAbXL0

>>71
普通の古代史研究者ならほぼ畿内説
未だに九州説となえてる学者は異端っぽくて学会では相手にされてないらしい



60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:56:15.76 ID:M/fC7ebkP

アマテラスとアルテミスとミトラスがそっくり



64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:59:34.32 ID:yg7ZDOpIO

>>60
アルテミスとアポロンは同母兄妹なのを考えると、皆光明神だな
アルテミスは月神だが



72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:06:42.87 ID:M/fC7ebkP

>>64
ギリシャ神話が出来る前は
豊饒を司る地母神だったらしいよ
ストーリーに取り込まれて月の女神って設定になったとか



65:ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 :2013/08/03(土) 22:01:48.51 ID:WW11NQ200

銅鐸っていまだに使用用途が不明なんだっけ?



69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:03:42.99 ID:+d6EAbXL0

>>65
たぶん鐘なんだろうけど詳細は謎だな



81:ぺろぺろ紳士 ◆p51RVEp752 :2013/08/03(土) 22:14:38.25 ID:WW11NQ200

明治以降でミステリーってないの?
どうしても古代偏重になる気がする。



83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:16:48.39 ID:+d6EAbXL0

>>81
沢山あるぞ
江藤新平が処刑された理由とか。佐賀の乱で江藤はそんなに悪くないのに殆ど釈明の余地も与えられないまま処刑された



84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:19:53.80 ID:C4OCD3jK0

>>81
明治天皇の顔



87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 22:32:59.54 ID:I4+xmAVI0

じゃあ、有名なエピソードを一つ
津田三蔵がニコライ二世を斬りつけたのは
実は西郷がロシアで生き延びててニコライと共に日本へ来たから



30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/03(土) 21:08:15.83 ID:EscHGzl0O

青森県にあるキリストの墓

190df4d4


青森県のキリストの墓
1935年(昭和10年)8月初に、鳥谷幡山が1934年(昭和9年)10月に見つけた大石神のピラミッド確認のため青森県戸来村(現在は三戸郡新郷村大字戸来。)を鳥谷とともに訪ねていた新宗教団体の教祖、竹内巨麿(たけうちきよまろ)は、2間~3間の長方形の盛り土をみると立ち止まり、それが古文献を一人で調べた結果により、そこに統来訪神と書いた目標と前の野月の二ツ塚に「十来塚」と書くよう村長に話したという。
竹内巨麿は竹内文書に、「イスキリス・クリスマス。福の神。八戸太郎天空神。五色人へ遣わし文」にはじまる記述や「イスキリス・クリスマス」の遺言があるとし、イスキリス・クリスマスはゴルゴダの丘で処刑されず、弟のイスキリを身代わりにして日本に渡来して死に、その墓が「十来塚」であるとする。
このイスキリス・クリスマスがイエス・キリストであり「十来塚」が「イエス・キリストの墓」であるという。ただし、竹内文書は多くの研究者から「偽書」と断定されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/キリストの墓

元スレ:http://hayabusa.2ch.net/news4vip/kako/1375/13755/1375530317.html
 

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キリストの墓だけじゃなく、光秀の墓や将門の首塚ですら、日本各地にあるんですよ