1: どこさ ★ 2020/01/04(土) 08:08:25.21 ID:KPZFL6kA9
「恐怖の大魔王」チンギス・ハンの戦わない戦略
"プロパガンダ"を徹底して使い倒した
尾登 雄平 : 歴史キュレーター  東洋経済 2020/01/04 5:50
https://toyokeizai.net/articles/-/321139

(抜粋です。半分以上略してるので詳しくはリンク先へ。)

no title

「最強で最も血に飢えた征服者」として名を馳せた大モンゴル帝国のチンギス・ハン。彼が用いた「戦わずして勝つ」という戦略はどんなものだったのか(写真:SeppFriedhuber/iStock)


「勝つためには手段を選ばない」「敵対する者は全員容赦なく抹殺する」と噂され、11世紀に「最強で最も血に飢えた征服者」として名を馳せたチンギス・ハン。
しかし実は、彼は「戦わずして勝つ」という戦略を積極的に用いて、大モンゴル帝国を築き上げていました。
戦いの天才とも言われたチンギス・ハンの「戦う前に勝利する」方法。ビジネスマンの教養として知っておいて損はありません。
『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』より抜粋してご紹介します。
https://tk.ismcdn.jp/mwimgs/0/0/360/img_000db61b45e92cfe469bd3a932197773230604.jpg
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/404604425X/toyokeizaia-22/

(略)

●遊牧世界を統合した「恐怖の大魔王」チンギス・ハン

(略)

モンゴル軍が破竹の勢いでユーラシア大陸を席巻できた理由は、もちろんモンゴル軍が強かったためです。
騎馬を用いた機動力の高さ、最新テクノロジー兵器の導入、個々の兵の質の高さ、そして勝ち負けにこだわる遊牧民の気質にあります。

遊牧民は戦い方に恥という概念を持ちませんでした。前進して勝とうが退却して勝とうが不意打ちをして勝とうが勝ちは勝ち。
逆に敗北することは恥となります。負けたが立派に戦った、という考えはありません。勝たねば意味がないわけです。

さらにもう1つモンゴル軍の強さの秘密が、徹底した情報戦にありました。
モンゴル軍は次に攻略する都市に侵攻する前に、事前に使者を派遣し、いかにチンギス・ハンとその配下の兵たちが人間離れした連中かを宣伝させました。

「1人のモンゴル兵が大勢の住民がいる街に入り、街の住民を殺していくが誰も手出しができなかった!」

このような荒唐無稽な話を語らせることで降伏を求めるのです。
そして素直に降伏した者は公正に扱うが、それでもなお抵抗した者は徹底的に殺戮します。
大部分の者は殺し、すべての富を奪った後、一部の者は次の都市に送り出し、いかにモンゴル兵が恐ろしいか語らせるのです。

(略)

●次の大国の礎となって消えたモンゴル帝国

(略)

17: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:33:15.31 ID:YibBbEJ10
実際戦ったら多かれ少なかれ被害出るもんな

18: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:33:38.53 ID:x3//1/Qc0
単純に当時の主な機動戦力だった騎馬戦に長けてたからだろが
特に乗馬したまま弓を放つスキルが高かったらしいじゃないの
連射式鉄砲が登場する前は弓矢による殺傷が世界最強だったから
平地での野戦は騎馬隊の能力が戦況を左右してた
だから攻城戦や上陸戦が必要な状況になってきたらモンゴルの前進は止まったろw

40: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 09:19:11.05 ID:XiVPvJjk0
>>18
そりゃ単純な見方ってもんだ
単純なやり方で帝国は築けはしない
でも日本軍が上陸してきたモンゴル兵と戦えた理由の一つが、騎乗した状態で射る能力が高かったってのはあるようだけどね

103: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 11:49:20.43 ID:f/NpB0IT0
>>40
日本の弓はちょっと異質だしな
モンゴル兵は馬上で扱う為に短弓だったけど、和弓は変形させて長弓のまま馬上で扱えるようにした
鎧甲と合わせて変態技術というかガラパゴスというか、その祖形なのかも

119: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:17:26.84 ID:XiVPvJjk0
>>103
とことんプロの軍人って普通そんな多くはないからね
普通にたしなみとして騎射出来る集団がごろごろいるってのは普通じゃないね

48: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 09:47:51.16 ID:W6d1ZxH20
>>18
単純な弓騎兵なら紀元前からいた
アッティラ軍とか、匈奴とかね
モンゴル軍が圧倒的なのは狩の構成をもとに三軍制作ったこと
弓軽騎兵、重騎兵、掃討歩兵
あと戦争時に移動用パオと妻子、食料たるヒツジやヤギを連れて移動する補給部隊がセット

これがこれまでの騎馬民族と致命的に違う
だからそれまでの軽騎馬弓騎兵なら重騎兵で追い返せば済んだのに、ヨーロッパ型重騎兵やられると死亡確定
トゥールシュタットがそう
これ以降ヨーロッパに軽騎兵が導入されるんだよな

19: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:33:47.51 ID:ywLTmMSt0
対馬でやったとされるアレも実はプロパガンダで実は紳士的な人たちだったのか

21: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:36:20.36 ID:YibBbEJ10
>>19
というより何度か戦う前に降伏迫ってきた記録があるからそういうことなんだろうな
それが紳士的なのかは知らないけど

38: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 09:12:34.21 ID:XiVPvJjk0
>>19
ちゃんと読みな
戦わずに降伏したところに対しては公正にに扱った
抗戦を選んだところに対しては徹底的に悪逆の限りを尽くし、生き残りを各地に散らし彼ら自身に語らせることで、周辺国や地域に恐怖のプロパガンダを撒き散らした
周辺国や地域の人々は降伏した場合と抗戦した場合の両方の結末を知り、抗戦意欲を脆弱にさせられる
対馬の場合は徹底的に戦い、徹底的にやられたので全く紳士的に扱われてなどいないよ

25: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:39:22.75 ID:K8tSN8Lh0
牛若丸の東北経由モンゴル行き

29: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:50:21.36 ID:/C2FRNWx0
>>25
それを聞くとモンゴル人は怒るらしい
白鵬は喜んで自分のブログで紹介してたけど

35: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 09:10:25.26 ID:KPZFL6kA0
>>25
双方生きた年代が違うらしい。

27: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:47:09.22 ID:iYQ6bBOu0
チンギス・ハンの遺体を運ぶにあたって行き逢った者を皆頃しにしたんだっけ?

28: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 08:49:13.06 ID:QHsOgIMF0
7割方本当の話しだろ

37: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 09:12:33.89 ID:LOIJ0i3x0
歴史は着目点の設定次第
この記事は間違いでは無いけど美化しすぎかな
西洋のモンゴル帝国観が酷すぎるからバランスを取ろうとしたかもしれないけど

41: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 09:22:46.80 ID:MII9VSbj0
「モンゴルはとても恐ろしいやつらだ」って言われると
「じゃあ諦めて戦わず降伏しよう」ってなるのと
「じゃあ死んでも抵抗しよう」ってなるのがいるからな
後者が一層面倒になる諸刃の剣

68: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 10:29:34.47 ID:v8qkgma60
モンゴル帝国は狼煙の使い方が凄かったと聞くが

69: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 10:31:21.08 ID:m3tefN1a0
その使者を切り捨てた鎌倉幕府

219: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 14:40:07.00 ID:Enp0EsPc0
>>69
日本が使者を切り捨てたのも、情報戦の一貫という説がある
元の使者は偵察の役目もあって、実際に元寇の使者のうち五回目と六回目の趙良弼は
日本の風土や地形、日本人の性質まで詳しく調べて、帰国後にクビライに報告した
(なお趙良弼はその結果、日本を攻めるのは困難で無意味だと反対した)

日本も趙良弼の偵察には気付いており、
文永の役で元と完全に交戦関係になりまた元が攻めてくるのも予想していたので、
また使者に偵察されて情報を持ち換えられないように
今度は使者を殺すか、帰さないようになった

76: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 10:53:52.73 ID:uApyTpk90
モンゴルは占領した都市で捕虜にした連中を自軍の先頭に立たせて肉の盾として使った
駅伝制整備して情報も大事にした
ただなんであれだけ領土大きくしたかっただろう

80: !omikuji !dama 2020/01/04(土) 10:57:42.21 ID:Tzk2lUuc0
>>76
それだけじゃない
降伏した方が敵意を持たず忠誠を誓うなら積極的に登用するから領土拡大すればするほど人材と兵力が増えていく

78: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 10:57:28.36 ID:DwgovV9T0
モンゴル軍が残虐だった伝説て
ここから来てるんだ、ほんとのモンゴル軍は
はくほのように穏やかだったんだな
デマて怖いな

116: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:12:45.79 ID:zS6EsTEw0
>>78
信長も同じやで
自分で自分の狂気のデマを流した
まあ戦国武将全般がやってたこと

91: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 11:22:02.38 ID:beYdYG+S0
のわりに大軍率いて日本にやってきて台風で壊滅したやん

96: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 11:30:27.80 ID:K/Sd7dOu0
>>91
アジアではいうほど強くないんだよな
中国支配できたもの南北に割れてた上に南宋のバカムーヴがあったお陰だし
ベトナムなんかにも負けてるし

99: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 11:33:30.72 ID:dPd7Exyd0
>>96
大群が展開できないような亜熱帯の密林じゃ強みは生かせないだろ

93: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 11:22:44.72 ID:T3Z2Jhtj0
モンゴル軍には攻城兵器も運用部隊も無かったから、降伏した国の攻城戦部隊をそのまま軍に組み込んだんだよな

112: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:05:56.37 ID:k85DjtMC0
元での税率が、どこの国にいっても一律3.3%って、
元の国王だとか貴族とかの統治者以外にはめちゃくちゃ良い国じゃん。
いまの日本みたいに五公五民みたいな重税な国じゃないわけだろ

いまでいう「小さい政府」の代表みたいな国やね。うらやましいわ

115: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:12:10.66 ID:3/tFjGEX0
>>112
モンゴル帝国は重商主義だったんだ
歴代の中国王朝は基本的に重農主義で元の後の明とか
それが甚だしくて農民上がりの朱元璋が皇帝になった
為に農民より知識の有る人を殺しまくったから
ほとんどの文化人が殺されたほど

123: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:18:39.64 ID:pMGQ/KZ40
モンゴル軍かいかに恐ろしいかをプロパガンダしにきた使者を切り捨てる人たち

125: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:20:55.18 ID:z8X701h70
>>123
明から招聘した高僧がブレーンにいた北条時宗はモンゴル帝国の実態をすべて承知の上で使者を処刑したと考えるべきだよ。世間知らずなんかじゃない。

133: 125 2020/01/04(土) 12:25:31.95 ID:z8X701h70
明じゃなくて南宋でした。訂正してお詫び。

143: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:30:08.31 ID:zS6EsTEw0
モンゴル軍がやったことは人を殺すかどうかよりも
都市を丸ごと破壊してさら地に戻したこと
結果として全員死んだ可能性が高いが
人命の方は生きようと死のうと興味がない
彼らが憎悪したのは建造物と耕地

149: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:36:47.28 ID:zS6EsTEw0
モンゴルの戦争記録なんか見ないで
騎馬民族の生活習俗思考の資料でも漁ればすぐわかる
彼らから見た農耕文明都市は
例えるなら海洋民から見た公害汚染された石油コンビナートの港湾や放射能汚染のようなもの
生存に関わる自然破壊なので絶許
皆殺しも辞さない

162: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:44:31.19 ID:zS6EsTEw0
特に漢族が農耕のために北上してくるのは死活問題で
そのままであれば放牧畜産で永遠に生活の糧が取ることの出来た草原が
一度耕作されると二度と元の草原に戻らなくなる
草原に鍬を入れていく漢族は生存圏を脅かす深刻な侵略者だった

175: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 12:56:56.76 ID:kWQi3pwQ0
>>162
それは清朝の時代の話だろ
チンギス・ハンの時代はそう大規模ではなかったはず

181: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:06:52.64 ID:z8X701h70
織田信長も本能寺で倒れなければ、権力者となった子孫が「信長はさほど殺戮をしなかった」とか広めたかも。

189: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:14:39.07 ID:pW6JAPD90
>>181
商人手記だったか?なんかで読んだが、チンギスハーンのひ孫?辺りだと、
良いとこのお坊ちゃん・お嬢ちゃんになっていて、
殺戮王のチンギスハーン一族のイメージとは、程遠かったそうな。

194: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:22:27.93 ID:3/tFjGEX0
>>189
モンゴル帝国4代皇帝モンケとかバツゥのヨーロッパ
遠征にも参加したチンギスの孫世代だけど4カ国語
話してユークリッド幾何学を理解したらしい

187: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:11:04.35 ID:6AiVCMDu0
農耕民族も土地や人的資源を狙って狩猟民族を追いやったりしてるからな
それまで積み重なった恨みってのが根底にあるんだよ

190: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:16:00.78 ID:zS6EsTEw0
>>187
元々の匈奴の南限は黄河までなんだよな
それが時代により北上して長城が出来ているから
明らかに漢族側が侵攻している
中国史はあくまで中国視点だから被害者という立場に立っているが
実際は逆

195: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:23:39.27 ID:z8X701h70
>>190
それは少し違う。そもそも隋・唐・宋は漢化したテュルク・モンゴル系軍人が建てた王朝。
漢人王朝と言えるのは明と中華民国だけだよ。

217: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 14:29:39.74 ID:ZBwlXBoL0
元寇で妙に弱かったのは戦わないことが前提だったからなのか

219: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 14:40:07.00 ID:Enp0EsPc0
>>217
記事で言ってるのは事前の情報戦の話だから、
開戦した後に戦わないって意味じゃないんじゃ

221: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 15:04:23.69 ID:7jAQxx4j0
>>217
元寇の中身は高麗人
モンゴル人は泳げないし船も漕げないから端から来てない

223: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 15:07:17.29 ID:Enp0EsPc0
>>221
元寇の中身は蒙漢軍+高麗軍、弘安の役からは+南宋軍

モンゴル軍以外もいたけど、モンゴル人が来てないわけじゃない

227: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 15:11:38.59 ID:7jAQxx4j0
>>223

南宋軍は到着が遅れて辿り着く前に高麗軍が壊滅
船の上で留まっていたのは
遅れてくる南宋軍を待っていたのもある

233: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 15:19:58.93 ID:zS6EsTEw0
>>217
単なる日本の作戦勝ちだという説もある元寇の期間は10-11月、二度目は6月~8月まで三カ月も海上に浮いていた
九州沿岸でこんな長期間も海上に入れば
台風銀座に吹き飛ばしてくれと言ってるようなもの
現地の武将は当然このことを知っており
元軍は明らかに欠落していた
神風どころか当たり前の結末

240: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 15:25:38.21 ID:R4sPbA2x0
織田信長も同じ手法 風評を利用。歴史学者から織田信長は再考すべきとの声が上がってる。
延暦寺の焼き討ちなんて発掘調査で何千人も死んでないし居住区には手を出していない。

246: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 15:32:56.90 ID:z8X701h70
>>240
比叡山は建造物跡地に火災の痕跡がないことがわかっただけで、千人規模で人が死んでいないかどうかは別の話。
そもそも遺体を火葬されたら判断できなくなる。

192: 名無しさん@1周年 2020/01/04(土) 13:17:21.68 ID:oo33FlKB0
戦わないで勝つためには、戦って圧倒的な強さを見せなければならないって矛盾な
最初から戦争放棄で勝てるなんて甘いお話ではないんだよ


引用元: ・http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1578092905/