●「投稿怪談」として madotsuki2 さん よりいただいた体験談です
usi32: 投稿者 madotsuki2 さん 2018/5/27(日) 04:44:44.44
幽霊馬車
私の母は幼い頃、私にとっての祖母の姉つまり母の伯母(以下、大伯母)のところへ預けられていました。大伯母の家はつい10年前までも家の庭で鶏や豚、牛を飼っていたほどの田舎の村でした。
張芸謀監督の映画「初恋のきた道」をご覧になったことはあるでしょうか。ちょうどあのような暮らしです。
当時は村のほとんどが家の家畜や畑で自給自足といった生活でしたが、最低限の生活用品や現金を得る為に、数ヶ月に一度家で採れた野菜や果物を持って歩いて半日程かかる距離にある隣町の市場まで行っていました。
これは大伯母とまだ幼かった母が二人で市場まで行った日の帰りに起こった出来事を、母から聞いたものです。
私の母は幼い頃、私にとっての祖母の姉つまり母の伯母(以下、大伯母)のところへ預けられていました。大伯母の家はつい10年前までも家の庭で鶏や豚、牛を飼っていたほどの田舎の村でした。
張芸謀監督の映画「初恋のきた道」をご覧になったことはあるでしょうか。ちょうどあのような暮らしです。
当時は村のほとんどが家の家畜や畑で自給自足といった生活でしたが、最低限の生活用品や現金を得る為に、数ヶ月に一度家で採れた野菜や果物を持って歩いて半日程かかる距離にある隣町の市場まで行っていました。
これは大伯母とまだ幼かった母が二人で市場まで行った日の帰りに起こった出来事を、母から聞いたものです。
その日もいつも通り市場で野菜や果物を売り日用品の調達も終わり、大伯母と母は歩いて村への帰路についていました。村へ戻るには大きな雑木林を抜ける必要があり、一応隣町とのライフラインになっていた為、整備こそされていないものの、馬車や荷車が通るには充分な獣道があったそうです。
雑木林を抜けているときには既に夕日が沈みかけ、ちょうど逢魔が時と言った頃合いでした。辺りは薄暗く葉擦れが聞こえ、空を仰ぐと黒い木々のシルエットの間から薄暗い空が見える、そんな景色、子供の頃の記憶に無いでしょうか。
「暗いねえ」と母。
「そうだね、早く帰ろうね。」
そんな会話をしながら二人は手を繋ぎ歩いていたそうです。
ふと、母は今まで歩いて来た方から馬車の音が聞こえたそうです。馬車と言っても簡素な荷車を一匹の馬が引いているようなもので、その馬の足音と荷車の車輪の音が背後の遠くから聞こえて来ました。
「あ、馬車だ!馬車が来たよ!」母は大伯母に言いましたが、大伯母は黙っていました。
次第に馬車が近づいてきて、馬の足音、荷車の車輪の音、それらに加えて御者のおじいさんでしょうか、「おぉーぃ!オォーィ!」という掛け声と共に馬に鞭を打つ音まで聞こえて来ました。
「ねえ、お母さん(母は祖母のもとへ戻るまで大伯母が母親だと思っていたそうです)、馬車が来たよ。もう遅いし、乗せてもらおうよ。」
母は大伯母に声をかけましたが、母の声が聞こえないのか、相変わらず黙ったまま歩いています。
そのうちに馬車は段々と近づき、遂には大伯母と母の真横を抜き去って行きました。馬車が二人を抜き去る際に見た御者のおじいさんの顔を母は未だにはっきりと覚えているそうです。
「あーあ、馬車行っちゃったよー。乗せてもらえば良かったのに。ねえどうして乗せてもらわなかったの?」駄々を捏ねる母に大伯母はやっと口を開きました。
「いいから黙って歩きなさい。」
大伯母はギュッと強く母の手を握ったそうです。
その夜、大伯母はいつもより早く母を寝かしつけたそうですが、なかなか寝付けなかった母はトイレに行く為大人たちが集まっていた広間のそばを通ったとき大伯母が話す声を聞きました。
「今日、雑木林で母子が幽霊を見た。馬車が来たと言っていたけれど、私には何も見えなかったし聞こえなかった。喋ってはいけないと思い、母子を引っ張って帰ってきた。」
そのとき母は初めてあの馬車は自分にしか見えていなかったことに気がついたそうです。まだ幼かった為か、恐怖心もなく、今でも怖いと思っていないようです。
以上、零感で怖い話大好きな自分が同じく零感の母に怖い話聞かせてくれとしつこくねだり、唯一、そういえば、、、と思い出して語ってくれた不思議体験でした。
ありがとうございました。
雑木林を抜けているときには既に夕日が沈みかけ、ちょうど逢魔が時と言った頃合いでした。辺りは薄暗く葉擦れが聞こえ、空を仰ぐと黒い木々のシルエットの間から薄暗い空が見える、そんな景色、子供の頃の記憶に無いでしょうか。
「暗いねえ」と母。
「そうだね、早く帰ろうね。」
そんな会話をしながら二人は手を繋ぎ歩いていたそうです。
ふと、母は今まで歩いて来た方から馬車の音が聞こえたそうです。馬車と言っても簡素な荷車を一匹の馬が引いているようなもので、その馬の足音と荷車の車輪の音が背後の遠くから聞こえて来ました。
「あ、馬車だ!馬車が来たよ!」母は大伯母に言いましたが、大伯母は黙っていました。
次第に馬車が近づいてきて、馬の足音、荷車の車輪の音、それらに加えて御者のおじいさんでしょうか、「おぉーぃ!オォーィ!」という掛け声と共に馬に鞭を打つ音まで聞こえて来ました。
「ねえ、お母さん(母は祖母のもとへ戻るまで大伯母が母親だと思っていたそうです)、馬車が来たよ。もう遅いし、乗せてもらおうよ。」
母は大伯母に声をかけましたが、母の声が聞こえないのか、相変わらず黙ったまま歩いています。
そのうちに馬車は段々と近づき、遂には大伯母と母の真横を抜き去って行きました。馬車が二人を抜き去る際に見た御者のおじいさんの顔を母は未だにはっきりと覚えているそうです。
「あーあ、馬車行っちゃったよー。乗せてもらえば良かったのに。ねえどうして乗せてもらわなかったの?」駄々を捏ねる母に大伯母はやっと口を開きました。
「いいから黙って歩きなさい。」
大伯母はギュッと強く母の手を握ったそうです。
その夜、大伯母はいつもより早く母を寝かしつけたそうですが、なかなか寝付けなかった母はトイレに行く為大人たちが集まっていた広間のそばを通ったとき大伯母が話す声を聞きました。
「今日、雑木林で母子が幽霊を見た。馬車が来たと言っていたけれど、私には何も見えなかったし聞こえなかった。喋ってはいけないと思い、母子を引っ張って帰ってきた。」
そのとき母は初めてあの馬車は自分にしか見えていなかったことに気がついたそうです。まだ幼かった為か、恐怖心もなく、今でも怖いと思っていないようです。
以上、零感で怖い話大好きな自分が同じく零感の母に怖い話聞かせてくれとしつこくねだり、唯一、そういえば、、、と思い出して語ってくれた不思議体験でした。
ありがとうございました。
madotsuki2さん、投稿ありがとうございます
めっさ久しぶりにイラストも付けさせていただきました
狐狸の類が騙そうとしていたんでしょうか
「偽汽車」なんて言ってアイツら列車にも化けますからね
大伯母さんの機転に感謝ですね
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Comment (14)
みつこ
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みつこ
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みつこ
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みつこ
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魔王っぽさあるな確かに、当事者からしたらクッソ怖かっただろうな…
みつこ
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みつこ
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明治時代に海外からやってきて、それから自動車がやってくる僅かな期間しか走ってなかったし、田舎にはやたら餌を喰うからコスパ悪くて基本的に余り食肉利用や乳の利用をしない(基本、日本の固有馬は個体数が少ないので明治以前は高貴な身分しか利用できない、出来なかったから)馬より、肉も食えて乳も利用できる、農作業にも使用ができた牛しかおらん。
よっぽどの農村地帯でも、基本的に近代まで有ったのはスピードはないけど馬より荷重に耐えられて比較的性根がおとなしい牛車やで。
と、空気を読まずにマジレスすいません。
みつこ
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荷馬車に関しては自動車や鉄道の普及で主要な街道や大都市周辺では使われなくなったというだけで、東北や長野などの寒村では戦後しばらく使われていた記録や証言が残っています
これらは世界大戦中に軍馬や農耕馬として使うために振興された馬の転用・併用が多く、時を経るに従って数を急速に減らしていきます
また田舎には牛しかおらんというのは明確な誤りです
農耕馬は牛より速度に優れ、また馬糞は発酵しやすく田畑の地温を高める効果があります。ですが水気の多い土地や粘土質の土地には向かない為、主に火山灰地や耕作期間が短く土地の冷える山間地で利用されていました
農耕牛は西日本と岩手・佐渡が主であり、農耕馬は東・北日本と熊本が主と比較的はっきりと分かれています。これらの区分は牛産地・馬産地とリンクしており、土地に根差した文化の差とも言えます
明確な歴史的資料という事であれば明治代ですが徴発物件一覧という資料があったはずですのでご確認をお願いします
また原爆資料館の収蔵写真にも荷馬車を利用する写真がありますね。こちらはweb上で確認できたかと思います
みつこ
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馬や牛に関する知識、大変勉強になりました!ありがとうございます。
このお話ですが、中国華北の田舎が舞台です。
冒頭の方にも記載しております、張芸謀(チャンイーモウ)監督の「初恋のきた道」の舞台、まさにそのものです。この映画も、主人公の若い教師が馬車に揺られて村へやってくるシーンがありました。
私も幼い頃は年に一度は大伯母のもとへ遊びに行っておりました。数年前に大伯母は亡くなってしまいましたが、今でもこの映画を観ると大伯母が暮らしていた村を思い出して涙が出そうになります。
脱線失礼致しました。
そして、素敵な挿絵をありがとうございます!
みつこ
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別に幽霊なら馬車だろうが牛車だろうが走ったっておかしないわ
みつこ
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とてもブーメランパンツを愛用する管理人ちゃん(190cm/85kg/26cm)が描いたとは思えん
みつこ
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