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1: nita ★ 2018/06/03(日) 20:22:14.82 ID:CAP_USER9
06月03日 19時59分

イエス・キリストが迫害を逃れて移り住んだという言い伝えが残る新郷村で、恒例の「キリスト祭」が開かれました。

新郷村には、迫害を逃れたイエス・キリストが移り住み、106歳の生涯を終えたという言い伝えがあり、毎年この時期に「キリスト祭」が開かれています。
キリストとその弟のものとされる墓の前には観光客などおよそ1000人が集まり、はじめに神職が祝詞をあげたあと、集まった人たちが順番に玉串をささげました。
続いて鮮やかな紫色の着物を着た女性およそ15人が、古くからこの地域に伝わる「ナニャドヤラ」という唄に合わせた踊りを披露しました。
「ナニャドヤラ」の語源にはいろいろな説がありますが、この地域では、キリストにゆかりのある「ヘブライ語」に由来すると考える人もいます。
会場を訪れた人たちは独特の節回しにあわせた踊りに見入っていました。
踊りを披露した60代の女性は、「日頃の練習の成果を出せた。今後も続けていきたい」と話していました。
茨城県から観光に訪れた30代の女性は「伝説を信じてみんなで祭りを楽しむことはすばらしいと思う」と話していました。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/aomori/20180603/6080001149.html
青森県戸来村のキリストの墓
1935年(昭和10年)8月初に、鳥谷幡山が1934年(昭和9年)10月に見つけた大石神のピラミッド確認のため青森県戸来(へらい)村(現在は三戸郡新郷村大字戸来。)を鳥谷とともに訪ねていた新宗教団体の教祖、竹内巨麿(たけうちきよまろ)は、2間〜3間の長方形の盛り土をみると立ち止まり、それが古文献を一人で調べた結果により、そこに統来訪神と書いた目標と前の野月の二ツ塚に「十来塚」と書くよう村長に話したという。
この後竹内巨麿は竹内文書に、「イスキリス・クリスマス。福の神。八戸太郎天空神。五色人へ遣わし文」にはじまる記述や「イスキリス・クリスマス」の遺言があるとし、イスキリス・クリスマスはゴルゴダの丘で処刑されず、弟のイスキリを身代わりにして日本に渡来して死に、その墓が「十来塚」であるとする。このイスキリス・クリスマスがイエス・キリストであり「十来塚」が「イエス・キリストの墓」であるという。ただし、竹内文書は多くの研究者から偽書と断定されている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/キリストの墓