1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2014/05/14(水) 03:25:56.12 ID:V46qRffy.net
身長が低かった
生涯独身だった
生理らしきものがあったのは知ってる
250px-Uesugi_Kenshin

上杉謙信女性説
上杉謙信女性説は、越後国の戦国大名上杉謙信が実は女性であったとする説である。上杉謙信にまつわる逸話、伝説、俗説は数多く存在し、女性説もその俗説のひとつである。
歴史小説家である八切止夫は、スペイン革命時には城砦として使用されていたトレドの修道院から、15世紀から16世紀の舟乗りや宣教師による日本についての報告書を発見した[疑問点 – ノート]。その中にあったゴンザレスという船乗りが国王に提出した、1571年から1580年にかけての佐渡金山に関する報告書に上杉景勝の叔母(tia)という言葉を見つけた。八切はこの叔母を上杉謙信と解釈し、上杉謙信の女性説を唱えた。
第四次川中島の戦いや七尾城の戦いは10~20日前後に行われているため毎月必ずという訳ではないが、10日前後になると原因不明の腹痛が発生し、合戦中にも拘らず兵を引き部屋に引き篭もることがしばしばあったという逸話がある。島原の乱の後に編纂された『松平記』によると、北条軍が上杉領に侵攻してきた際に6月11日から10日間ほど腹痛を訴え、出陣せずに城内にて子守をしていたとされる。この10日前後に周期的に発生する腹痛とは生理痛ではないか。というものである。第四次川中島の戦いや七尾城の戦いに関しては周期がずれたり、痛みが軽い時に出陣したと考えることも可能である。


http://ja.wikipedia.org/wiki/上杉謙信女性説