十三塚

へそ吉さん

私は、ある地方の大学に勤めている。職種や職階は伏せておこう。これから記す話は、私が居住し、大学が所在する市の歴史の一コマである。

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地方自治体ではしばしば自らの歴史を語る分厚い書籍が刊行される。『〇〇町史』・『〇〇県史』の類だ。私の住む市にもある。いや、まだ市町村合併の前で、市ではなく町であった、70年近く前に出版された町史だ。昨今の県史や市町村史は文章も内容も重々しくて立派なものが多いが、昔は、よく言えばおおらか、悪く言えばいい加減な編集のものが少なくない。昔話が何の脈絡もなく出て来たりする。

さて、その町史の中に「十三塚(じゅうさんづか)」という話がある。十三塚の地名は日本各地に存在するが、私の住む旧町にもあり、いかにも曰くありげな地名だ。各地の十三塚にも名のもととなった様々な伝説があろうが、町史では、この名称の由来について怪談めいた昔話を取り上げているのである。古い本なので文章や構成に若干おかしな部分があるが、私なりに、元の話を変えない程度に改めて紹介してみたい。

時代については明らかでない。単に「昔々――」と書き出しているだけであるが、「江戸の大店(おおだな)」などという言葉が出て来るところを見ると、江戸時代であるのは間違いなさそうである。この地に寺があった。どの村からも1里も2里も離れた森の中にあったが、小さいながらも立派な寺で、小規模な五重塔もあり、住持(住職)の他に数人の小僧や寺男がいた。住持は学問・人格ともに優れ、周辺の村人たちに深く尊敬されていて、彼らが米や野菜を持って来てくれるので、寺での生活に困る事はなかった。

ところが、この寺に化け物が現われるようになった。夜が更けて空から怪しい光が寺に降りて来たかと思うと、たちまち激しい音を立てて柱をえぐり、壁を破る。それだけではない。大切な経典さえ破られ、果ては仏像さえ首を引きちぎられるという有様であった。夜の闇にまぎれ、化け物の正体は定かでない。それが余計に不気味であった。住持も小僧たちもなすすべがなかった。必死に経文を唱え、鉦(かね)を叩いても化け物は退散せず、寺を荒らし続ける。ただ、住持や小僧が懸命に経文を唱えるので、さすがに人間には危害を加えられないようであった。

話を聞いた村人たちが化け物を追い払ってやろうとて寺にやって来たが、その激しい暴れように恐れをなし、何もできずすごすごと引き上げるしかなかった。血気にはやる若者たちが手に手に鳶口や棒を持って集まり、化け物退治を試みたものの、戸を蹴破り、壁を噛み破る様に、一晩で逃げ帰ってしまった。小僧や寺男たちも化け物を恐れ、次々に去っていなくなった。

それでも住持は、ただ一人残って寺を守る心を決めた。とは言え、夜ごと襲う化け物をどうする事もできない。立派だった寺も荒れ果て、本堂や庫裏(くり。寝所や台所)の壁には穴が開き、羽目板は剥がれ落ち、庭は草がぼうぼうと生い茂った。村人も怖がって近寄らなくなり、食べ物を届ける者もほとんど来なくなった。食事にも事欠き、化け物への恐怖はさらに大きく、住持はやせ衰えて行った。化け物が現われている間、住持は必死に経文を唱えて化け物に危害を加えられないですんだ。だが、体力・気力ともに衰えつつある住持は、いずれは化け物を退ける力も無くなるであろう。

そんなある日、寺に一人の旅人が訪れた。すでに日は西の山の端(は)に隠れ、あたりは薄暗くなった頃である。旅人は若い男で、着物はあちこち破れ、ほころび、乞食のようなみすぼらしい格好であった。奇妙なのは、猫を12匹も連れていた事だ。

旅人は、猫たちに周りを取り巻かれながら、半分倒れかけた寺の門をくぐり、雑草に覆われた庭を横切ると、寺のあちこちを探るように見ていた。中へ入る扉の外れた五重塔、瓦どころか垂木も崩れ落ちて穴の開いた屋根、広い範囲にわたって崩れ落ちた壁。
そこへ住持が玄関から声をかけた、「どなたじゃ?」。
 弱々しい声であった。旅人は、すっかりやせ衰えた住持の姿に驚いたが、すぐに穏やかな口調で答えた、
「こんな事を申しては大変失礼ではございますが、無住の寺かと思い、寝場所を探しておりました。あなたはご住持様ですか? なにとぞ今夜一晩の宿をお願いいたします」。
「ここは見ての通りの荒れ寺でござる。気の毒だが、人をお泊めするような所ではない。もう1里か2里行けば村も旅籠(はたご)もある。そちらへ行きなされ」、住持は言った。

旅人は困った顔で、
「私はこの地は初めてでございます。それに、もうあたりも暗くなって参りました。不案内な土地で道に迷うかも知れません。それに、ごらんの通り猫をたくさん連れておりますので、宿はもちろん、民家でもそうそう泊めてはいただけません。ですから、一人前に中に入れてくれなどと無茶は申しません。雨露さえしのげれば、物置でも縁の下でも結構です。これまでも、そうした場所で寝起きをさせてもらって来ました」。
すでに日は沈んで急速に夜の闇が濃くなっていた。東の方にある深い森の木の上から、異様に赤い満月が顔をのぞかせている。

住持は、寺に夜な夜な化け物が出る事を、包み隠さず旅人に話して聞かせた。
「今までは、有難い経文を唱えてどうにか退けて来た。だが、ごらんの通りわしもすっかりやせさらばえ、力も尽きた。今夜はもう最後まで誦唱(ずしょう)できるかも覚束ぬ。そうなったら最後じゃ。そなたにも命の危険が及ぶやも知れぬ」。旅人はしばらく考え込む風であったが、足元にいる猫たちに向かって「どうしよう?」と、まるで人間に話しかけるように言った。12匹の猫は騒ぐでもなく、大きな鳴き声を出すでもなく、穏やかな声音でにゃあにゃあと、いかにも、ここに泊まりましょう、と答えるようであった。旅人は住持に答える、「寺のどこでも構いません。どうかお泊め下さいませ」。




住持は旅人を庫裏に入れた。足もとはふらつき、よろぼい歩くその姿に、旅の男が「お気を付け下さい」と声をかけたほどである。長きにわたり化け物に苦しめられた姿が見て取れる。「本当にこの寺に泊まるおつもりか?」と住持は再度尋ねた。旅人は、「あなた様のこのようなお姿を見ては、一人で放っておく気になれません」と答えた。かたじけない事じゃ、と住持の顔に初めてかすかな笑みが浮かんだ。「猫はどういたしましょう?」と言う旅人に、「猫たちも一緒に連れて来なさい。他の所はどうであったか知らんが、大事なお客様じゃ」。有難うございます、と旅人は我が事のように喜んだ。

「そなたは心根(こころね)のしっかりしたお方とお見受けした。なぜ猫を連れてこのような旅をしておられる?」、庫裏で座して相対して、住持は改めて聞いた。旅の男は語る。

「私は、今はこんなみじめな格好をしておりますが、もとは江戸でも一二を争う大店の総領息子でございました。屋号を聞けば、他国の人でも知っているほどの家でございます。私は、物心付いた時から猫が大変に好きで、いつも猫と遊んでおりました。幼いうちはそれでも良い。しかし、成長すれば店の跡継ぎとして商売に打ち込まねばなりません。にもかかわらず、私は商売そっちのけで猫を飼い、世話し、相手をしておりました。前髪を落として後もなお……。ついに父親は言いました、『お前は猫と商売とどちらを取るつもりだ?』と。お笑い下さい。私は『猫です』と答えました。

父は申しました、『そうか。では、お前には店を継がせるわけには行かん。家に置いておく事もできん。ここを出て、人様の施しを受けて命をつなぐがよい』。
勘当された私は12匹の猫を連れ、住み慣れた家を離れました。あちこち回って飯の残りをもらい、厩や縁の下に泊めてもらってここまで来たのでございます」。
住持はうなずいた、「人にはそれぞれ定められた生き方があるものじゃ。そなたもな。恥じる事ではない」。

住持は旅人に夕餉を出した。わずかばかりの飯と菜(さい)である。「化け物が出るようになってから、村人もここに近寄らぬ。もう食べる物もろくにないのじゃ。辛抱して下され」。旅人は穏やかな顔で礼を述べ、しかし自分はほとんど食べず、猫たちに食べ物を分け与えた。住持は、もう空腹には慣れているからと、自らの分を旅人に勧める。旅人は恐縮し、しかしその飯をも猫に食べさせた。「私はかまいません。猫たちが腹を空かせていると思うと不憫でございます」。
住持は言った、「そなたは情け深いお方じゃ。仏門に入れば、さぞ世のため人のために尽くせたであろうに……」。

夜は更けた。住持と旅人は床には就かず、庫裏に座ったままであった。そろそろ化け物が現われる頃である。庫裏の壁は強い力で破られたように穴だらけで、雨戸も割れに割れ、外で月光に照らされる五重塔もくっきりと見えるような有様であった。住持は手に数珠を持ち、つぶやくような声で経文を唱える。旅人はその傍らで無言のまま、しかし不安そうに外の様子を眺めていた。猫たちも、何事か感じているように二人の周囲で身動き一つしない。

やがて、雲が出たのか外では光が失われ、深い闇がおおった。そして、今臨終を迎えようとする者の最後の呼吸を思わせるようなかすかな音を立てて風が吹き、そこに雨音が、何の統一もまとまりもない小さな響きを重ねた。住持の念仏を唱える声はいよいよ弱く、旅人は心配そうに見守っていた。そして、たまたま目をそらして壁の穴から真っ黒な空を見上げたその時、彼は目を見張った。黒雲の間から白く輝く光の塊が現われ、あれよあれよと思う間に寺の五重塔の最上階に飛び込んだのである。

「ああ……、もう駄目じゃ……」、住持は息の漏れるような声で言うと、破れ畳に両手をついた。「しっかりなさいませ!」、旅人がその体を支えるように抱き起す。五重塔からは柱をかじったり羽目板を突き破るような騒音が聞こえる。住持を抱き上げながらも、旅人はその荒々しさに自分も体を震わせ、顔色を失った。

その恐慌を打ち破ったのは12匹の猫たちであった。彼らは背中の毛を逆立て、尾を膨らませ、唸り声を上げたと見るや、いっせいに雨戸の破れと言わず壁の穴と言わず走り向かって外に飛び出した。甲高い唸り声の様子から、一丸となって五重塔に向かったのは明らかであった。「戻って来い!」と大声に呼ばわって外をのぞく旅人それに住持の耳に、ほどなく五重塔から猫たちが得体の知れぬ敵に立ち向かうすさまじい声が幾重にも重なって響き、それに混じって聞いた事もない異様な重々しい声が流れて来た。旅人と住持はどうする事もかなわず、体を寄せ合って呆けたように座っているしかなかった。

小半時(およそ30分)もした頃であろうか。1匹の猫が、顔から体まで手ひどい傷を負い、血まみれになって2人の前によろめき歩いて来たかと思うと、ばったり倒れて動かなくなったのである。五重塔ではなおも猫たちと化物の声が入り乱れていたが、更に小半時もたつうちに小さく切れ切れになり、やがて静寂が訪れた。旅人と住持は、それでも様子を見に行く勇気もなく、朝が来るまで庫裏にとどまるしかなかった。

ようやく日が昇り、あたりがすっかり明るくなった頃、彼らは恐る恐る五重塔に足を踏み入れ、最上階へ上った。そこは、床から壁はもちろん天井まで一面に血に染まり、11匹の猫が血みどろの死体となって横たわっていた。そして、その中に1匹、子牛ほどもある大きな鼠が、やはり全身を引き裂かれ、噛み切られて死んでいたのであった。これまで住持を脅かし、寺を荒らした化け物の正体こそ、この巨大鼠だったのだ。

住持は涙を流して喜び、12匹の猫を手厚く葬って供養した。住持の健康も回復し、寺には再び周辺の村人たちも参詣に訪れるようになって、かつての繁栄を取り戻したのである。そして、境内には12匹の猫の塚に大鼠の塚を加えた13基の塚が設けられ、以後、誰言うとなくこの付近を「十三塚」と呼びならわすようになったとの事である。

この話には後日談がある。住持は旅人に、仏門に入らぬかと勧めた。「そなたのような慈愛の心の持ち主が、このまま酔生夢死するのは惜しい」と。旅人も、死んだ猫たちの菩提を弔うためにも、と快く受け、剃髪して住持の門下に入った。旅人は熱心に修行して、やがて住持に劣らぬ深い学識の僧となり、住持亡き後は彼が新たな住持となり、その学問知識と気高い慈悲の心によって前の住持以上に人々の尊崇を受けて、寺をいっそう盛んにしたという。

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この怪異譚の舞台となったとされる寺は、現在も十三塚の地名と共に市の郊外に実在する。参詣する人々も多く、住民にとっては人気スポットと言えようか。残念ながら、13基の塚は無い。むろん、あの怪談そのものも単なる伝説の類であろうが、寺の境内の片隅にはひっそりと、一抱えもありそうな大きな石が1個、一回り小さい石が12個並んでいる。元は何かの像が彫られていたらしいが、長年の風雨の浸食を受け、もはや単なる石の塊でしかない。しかし地元の人たちは、12匹の猫と大鼠を象(かたど)ったものだと信じている。



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