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●「投稿怪談」として  霊感主婦 さん よりいただいた体験談です

usi32: 投稿者 霊感主婦 さん 2016/5/22(日) 04:44:44.44 

掌(タナゴコロ)という語感は温もりを感じさせます。
幼い頃に慈しみ、見守ってくれた優しい隣人の話。


アルバムに3歳に満たない頃の写真が沢山あるのはごく普通の事で、私もそう。
姉と応接間のソファに座り大きな図鑑を広げて見ている。オデコにはカット綿が絆創膏で張り付けてあり、男勝りの利かん坊ぶりがうかがわれる1枚。しかし、この写真の怪我が十五年後まであの人が私を案じる原因となった。

あの人、Uおじ様は中々の資産家である。ご夫人との間には二人の美しいお嬢様をもうけ、成長したのちには漏れなく玉の輿。
その綺麗なお嬢様達は私が生まれた頃、音大在学中で寂しくてならないご夫妻は、よく私達姉妹を家に招いていた。

立派な築山やらの日本庭園つきの邸宅は、地価の安い田舎町でも目立つ家だ。
その家が主を失い、借家として不動産屋の硝子戸に張り出されたのは私が七歳の春。Uおじ様が入院して三ヶ月で急逝したのだ。家を増築中に癌が見つかり、完成を見ずに亡くなった。

借家となってからは、借り主が三年以上いなかった。
隣りといっても近隣とは農地や道路を挟む家。ど田舎の悪習には晒されない距離と思われる。住まう人々はそれぞれに理由をつけて退去していった。転居してきて三ヶ月で出ていった家族は『幽霊屋敷』という理由を我が家にだけ語った。
その家族は、夜間の廊下や階段の徘徊音や怪光、怪しい黒い影について話していった。他の世帯は近隣とは会話もなかったので、詳細は不明。


我が家の老朽化が限界で、私が高校生の時に家を取り壊して新築するに至るのは、私が高校二年生なる頃である

長く借家となったUおじ様の家に荷物を運び込み、転居したその夜から、私の家族は怪異を存分に味わうことになった。夜中の足音や障子に映る人影。階段を往復する軋み。二階にある階段上のトイレのドアの開閉音。私に至っては、蒲団に入るなり部屋の東北東隅から黒い人影が立ち上がるわ、顔を撫でられ、頭を撫でられ、最後にオデコを執拗に撫でられ続けた。

金縛りになってはいるが、不思議と恐怖も禍々しさもなく、ただ温かかった。私は、撫でられながらいつの間にか眠った。
翌朝5時に目覚めると、祖母が私の顔を覗きこんでいた。
「Uさん、挨拶にきたな。こんな誰もいねとこにいて寂しかったんだべな。何か供えてやっぺな。」
祖母は炊きたてのご飯にきな粉砂糖をかけたものと漬け物とお茶を用意し、仏壇の前にお盆にのせて供えた。
仏壇の中には仏様のご飯、水、お茶が供えられて既に線香も細い煙をふわりふわり靡かせていた。
「Uさん、寂しかったねぇ。供養すっから満足してくれろな。」
私も仏壇に線香をあげ、手を合わせた。
月曜の早朝から、祖母によるUおじ様思出話が二時間語られた。それからも、毎夜毎夜足音は静かに家の中を自由歩行し、階段を上り降りし、毎朝私と祖母は供物をあげて祈った。我が家が完成し、引っ越しをする前夜も同じような内容の撫で撫での怪異を体験した。
私達家族の後は、外国人の奥様がいる家族が住んだが、彼らは赤ちゃんだった子供が小学校にあがるまでそこに住んでいた。初めて長期にわたり住人が定着したのである。


その家も取り壊されて今はない。


1001: うしみつ 2032/3/2(火) 04:044:44.44 ID:usi32.com

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